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【モバマス】白菊ほたるの逃避行

1cgcCmk1QIM:2018/10/08(月)23:46:58 ID:qzl()


◎事の発端


 冬休みのある日、白菊ほたるはついに何もかもが嫌になった。

 昨日まで耐えられていたのが嘘のように我慢が効かなかった。

 頭は沸騰し、涙は止まらない。

 グシャグシャに泣きながら、とにかく自分を取り巻く全てを捨てて逃げ出してしまおうと決心する。

 切欠はなんだったろうか。

 こんどこそはとアイドルになる夢を賭けてオーディションを受け、やっと所属できた三軒目の事務所も倒産したからか。

 しょげかえって鳥取に戻って久々に顔を合わせた家族と喧嘩をしてしまったからか。

 自分の不幸をよく知る故郷の人々が、自分の挑戦について口さがない噂をしていると知ってしまったからか。

 いや、もうそんなことはどうでもいい。

 とにかくもういい。

 ほたるの中で大事な何かが決壊していた。

 それが何なのかは、沸騰した頭ではまともに考えられなかった。

 だけどとにかく、もう、嫌になったのだ。

 ほたるは泣きながら貯金を全て引き出し、小さな鞄をひとつ持って列車に飛び乗った。

 自分に指される無数の後ろ指、両親にかける心配、物心ついた日からつきまとう不幸、無数の苦しい思い出。

 アイドルに見た希望、僅かながらにかけられた期待、頑張り続けてきたこと、人をしあわせにしたいと夢見た事。

 そしてこの期に及んでもなお、声を殺して泣こうとする自分。

 それら全て、何もかもから逃げ出すために。
50cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:36:09 ID:akv()

「かわいい女の子は苦手分野でうんうん唸ってちゃ駄目。もっと得意な方向で勝負しなきゃ。つまり言いたいことはハッキリ言ったほうがいいと思う!!」

「全くその通りです……私は今まで何を!」

 ほたるをほっとけないと思ったのも本当だ。

 なんとかしたいって心を砕いてきたのも本当だ。

 だけど裕子は今までほたるほど深く傷ついた人間を見たことがなかった。

 どうしていいか解らなくて、時間ばかり過ぎて、気ばかり焦って――でもその傷に触れると痛い思いをさせるのではないかと踏み出せなくて。

「そうじゃないですよね。明るく笑ってほしいです、元気になってほしいですと、はっきり言うべきだったのです――うーん、こんな助言が得られるなんて、もしかしたら列車の故障もサイキックお導き!?」

「サイキックは解らないけどまあそんな感じ!」

 大雑把すぎる肯定とともに、愛海はピッと一本、指を立てた。

「あと、手伝ってほしいときは手伝ってってほしいって言ったほうが絶対早いと思う!」

「全くです――愛海ちゃん、ほたるちゃんが元気になれるよう手伝ってください!」

「あたしは美少女が笑顔になるためならなんでもするよ。だから後で裕子さんのお山も登らせてね!」

「それは駄目です」

「えー」

 人気の少ない夜のバスに、笑い声が響いた。

 その笑い声を聞きながら、ほたるは夢を見た。

 笑顔でいっぱいの、夢だった。
51cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:37:02 ID:akv()
◎翌朝7時・朝食時/棟方家居間


「――というわけで愛海ちゃんも私たちの旅についてくることになりました!」

「あと、目的地は北海道にしようよって話になったんだけどどうかな! 帯広のほうならあたし行ったことあるから、観光案内できるよ!」

 疲れが出てぐっすり眠って、すっきり寝覚めた朝食時。

 棟方家の居間に出てきたほたるに、仲良く肩を組んでそう宣言する2人。

「何が『というわけで』なのかさっぱり解りません……!!」

 そして、何が起こったか解らないほたる。

「ほたるちゃんに元気になってほしいと思って!」

 解るのは、そう言って笑う裕子さんの顔が、すごく眩しいってことだけだ。

「元気に――あの、私」

「皆まで言わなくてけっこうです!」

 ビシーッと先割れスプーンをかざして言葉を遮るエスパーユッコ。

「ほたるちゃんは元気になるために北に行こうとしたんじゃないってわかってます。心を整理したいんだって、今まで頑張ってたことに踏ん切りをつけたいんだって」

「――はい」

 ほたるは小さく頷いた。

 最初は何もかもが嫌になって、飛び出した。

 やけっぱちで、身投げしてもいいぐらいに思って。

 だけど裕子さんに会えて、心が軽くなった。

 裕子さんと一緒だったらきっと気持ちよく旅を終わることが出来る。

 この旅の楽しい思い出とともに、私の挫けた夢も整理することが出来るのかも知れないと――
52cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:37:37 ID:akv()
「だけどそれはそれ、これはこれです!」

「えええええ」

「私は旅が終わったとき、ほたるちゃんが元気になってくれたらいいと思います。心の底から笑えるようになったらいいなって思います。そうでなくちゃ、別れた後も心配なんですもの!」

 ほたるはエスパーじゃない。

 自分のサイキックも、いつもちゃんとは届かない。

 だからもう裕子は思ってることを隠さなかった。

「ほたるちゃんが、じゃなくて。私が。私が、ほたるちゃんに笑っててほしいんですよ」

「そうそう。美少女は笑ってたほうがいいんだよ、絶対」

 登山家美少女棟方愛海も深く同意した。

「あのでも、私昨日、けっこう笑って――」

 ほたるは毎日、笑顔の練習をしていた。

 どんな気持ちでも笑えるように。

 人に心配をかけないために。

 昨日だって、笑えていたと思う。

 気持ちが沈んでいたのも本当だけど、裕子と一緒で楽しかったのも、本当だ。

 それを伝えられるようには、きっと笑えていたはずなのに――

 だがしかし。

「あんな笑顔でエスパーユッコはごまかせません!」

「ど、どうして」

「強いて言うならエスパーだから。あと直感です」

 唖然。

 もう口をぽかんと開けるしかない白菊ほたる。
53cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:38:01 ID:akv()
 この旅に出てから一番間抜けな顔をしているって、自分でもよくわかった。

 なにそれって思う気持ちと、裕子さんならそのぐらい見抜きそうだって気持ちが半々にある。

「ほ、北海道に行こう、というのは何故」

「まず北に行こうで青森までって言うのが中途半端だよ!」

 愛海のダメ出し。

「お山だって山頂を征服してこそ。どうせ北に行くならいけるとこまで行くんだよ。二人とも北海道行ったことある?」

「無いです」

「無いです」

 中国・中部地方出身の二人にとって、北海道はあまりに遠すぎる土地だった。

 行ったこともなければイメージも乏しい。

 雪がふって広くて農産物が美味しくてかわいいキタキツネとかいる場所だ、程度の認識である。

「あたしは北海道なんどもいったことあるけどね、いいとこだよ。見るところも、遊ぶところもいっぱいあって。あとカニがおいしい」

「カニにかけては福井も負けていませんが」

「どこのカニが美味しいかって話は今はいいんです」

 裕子の郷土愛をすげなくスルーして、愛海は熱弁をふるう。

「聞けば昨日は遊びもせず観光もせずにずーっと移動してばっかりだっていうじゃない。移動して駅弁食べてまた移動して――そんなの気が晴れるわけないじゃない。そのうちお尻の肉がもげちゃうよ!」

「そ、それはその通りかもしれません。遊ぶべきですね、私たちは! 確かに北海道って一度行ってみたかったんです」

 思わずお尻をかばいつつ強く同意する裕子。

「私も、確かに北海道って憧れがあって――でも、愛海さんもついて来てくれるなんて」
54cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:38:26 ID:akv()

 少し躊躇するほたる。

 はっきり確認したわけではないが愛海はたぶん中学生だ。

 自分はアイドル活動のために必死でためたお金と、過去の事務所でモデルをしたときにいただいたお金なんかがある。今回はこれを吐き出してしまうつもりだった。

 裕子は高校生だからきっとお金が沢山あるにちがいない――中学一年のほたるは、高校生の経済状況を過大に評価していた――が、中学生の愛海が突然、というのは色々大変ではないだろうか。

「北海道に行ったこともない二人だけで突然行ったって、楽しめるわけないじゃない」

 愛海はやれやれ仕方ないなあって顔だ。

「あたしは何度も行ったことあるから、絶対あたしが一緒のほうが楽しめるよ? 二人の旅を、あたしも微力ながら応援したいの――!!」

 愛海の真摯な美少女顔。

 ほたるは一瞬、会ったばかりでそんなに私たちの事を考えてくれるなんてと感激しそうになる。

「愛海ちゃん、本音。本音を言ってください」

 だが裕子は誤魔化されない。

 だってエスパーだから!

「だってほたるちゃんも裕子さんも近年まれに見る美少女なんだもん! ちょっとでも長く一緒にいたい!」

「あはは」

 あまりにストレートな本音に、促した裕子も苦笑いだ。

「それにね!」

 愛海は可愛らしく唇を尖らせる。

 自分の可愛さを充分理解してるしぐさだった。

「あたし、今年の冬休みは家の手伝いとか色々あって、まだ全然遊べてないんだもん。遊びたーい! どっか行きたーい!!」
55cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:38:41 ID:akv()
「――そうですよね。冬休みだもん、遊びたいですよね」

 あんまりに正直な告白に、ほたるは笑った。

 なんだかすとん、と肩の力が抜けた気がした。

「愛海さん、色々楽しいところ、教えてくださいね」

「もちろんだよ! 胸とり腰とり丁寧に――」

「取るのは、手足でお願いします」

 わいわいと続く、ほたると愛海のかけあいを眺めて、裕子は本音を言ってよかった――と思った。

 だって、突然の言葉にぽかんとする顔も、今の笑顔も。

 ほたるの表情はどれも、昨日よりずっと活き活きしていたからだ。
56cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:39:15 ID:akv()


◎北への旅

 それからの旅は、輝いていた。

 列車が進めば窓の外の景色がどんどく変わっていくように、次々と色々なことが起きる。

「愛海ちゃん、早く早く! 間に合わないですよ!」

 北海道に入ってすぐの停車駅。
 
 発車ベルが鳴り響くなか、列車の降り口からホームに顔を出して、裕子が叫ぶ。

「待って待って待ってもうすぐー!」

 紙袋を抱えてホームを突っ走ってきた愛海が、すんでのところで列車に飛び込むと、タイミングよくドアが閉まって列車が動き出す。

「停車時間短かったんだから、無理に降りない方がよかったのでは……」

「だって前にこの駅の売店で買ったおかきが美味しかったんだもん」

 労わるように背中を撫でてくれるほたるに笑顔を向けてから、愛海はほら、と戦利品を差し出す。

 でっかい袋に入ったおかきが三袋。

「揚げおかきですか? こんな大きな袋をいくつも買って――おいしっ!?」

 席に戻って1つつまんでムムムと唸る堀裕子。

「ほんとだ、美味しい――あっ、おかきだけじゃなくて海老の味がするのが入ってる」

 時々混じっている、海老味の珍味っぽいものがまたおいしい。

 揚げおかきなんて高カロリーだが、普段節制しているほたるも思わずぱくぱく食べてしまう美味しさだ。

「ね、後引くでしょ?」

 愛海は自慢げにこのおかきを『発見』したときの思い出を聞かせてくれた。
57cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:40:13 ID:akv()
 それをきっかけに、それぞれの旅の思い出に花が咲く。 

 裕子の思い出は、どれも思いもかけない出来事が続いて、面白い。

 トラブルを起したり、巻き込まれたり、その顛末のひとつひとつが裕子らしくて、思わず楽しくなってしまう。

 愛海の思い出は美少女のお山が絡んでいるものが多かった。

 けど、そうして知り合った美少女とは普通に仲良くなってラインのアドレスを交換していたりするらしい。

 そういえば自分らも出会いは無許可登山だったのに、結局愛海と旅をしていたりする。

 自分たちと同じように、愛海と出会った人たちはお山を狙われたりしつつもつい仲良くなってしまうのだろう。
 
 ほたるも裕子もなんとなくそんな風に納得する。 

 そしてほたるの思い出話。

「実は、こんなことがあったんですが――」

 ほたるは鳥取から東京に向けて、何度も旅立った中で経験した出来事について話した。
58cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:40:34 ID:akv()
 昨日、裕子と同じような話をしたときは当たり障りの無いことしか話せなかった。

 だけど今日は、自分が体験したトラブルについて、話すことができた。

 列車が突如止まっておろおろした話。

 来るはずの迎えが来なくて不安になった話。

 東京に住み始めたばかりのころ地下鉄の乗り換えに難儀して、とんでもないところに行ってしまった話――

 どれもその時は不安で仕方なかったことだ。

 思い出したのが昨日だったら、きっとやっぱり暗い話にしてしまっただろう。

 だけど今日は違った。

「列車が止まってあんまり慌てたから、私『次降ります』ボタンを探し回ったりして――」

「ああ、バスにあるような奴ですね」

「そうなんです。それで――」

 今日はその話を、みんなで笑ってすることが出来た。

 昨日と今日、何が違うんだろう。

 ほたるは内心で首をかしげる。

 だけど、辛い思い出も、不安だったことも、あとでみんなで笑って話すことが出来るなら、無駄ではないのかも知れない。

 みんなに話せるネタが沢山あること、不安だった思い出を笑って話そうと思えること。

 今ほたるはそれを嬉しいと思っていた。



                 ◇◇◇
59cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:41:31 ID:akv()

「観光に来たはずなのに、私たちなんでゴルフをしてるんでしょう」

 綺麗に除雪されたコースに立ってクラブ抱えて、根本的な疑問を口にするほたる。

「ゴルフじゃないよ、パークゴルフだよ!」

 ゴルフとパークゴルフの違いを強く主張する愛海。

「北海道の人はパークゴルフ大好きなんだって。まあ、前うちの一家を案内してくれた人が好きだっただけかも知れないけど、やってみるとこれがけっこう楽しくて」

「聞いたことないですねえパークゴルフ」

「私もです……」

 なにせ福井にも鳥取にもパークゴルフ場は無いんだから裕子もほたるも知らなくて当たり前だが、パークゴルフは北海道発祥の、ゴルフよりもっと親しみやすいスポーツだ。

 使うクラブは一本だけ、大きなボールを転がして打つ。

 コースもずっと短くて、コースは18ホール66打。

 本物のゴルフコースと違ってコースはコンパクトにまとまっているからゴルフカートなんか無い。

 事務所で500円払って道具を借りて点数記録表を貰ったら、一面真っ青に晴れた空の下、クラブをかかえてえっさほいさ歩くのだ。

「では打ちます……えいっ」

 すかっ。

 ほたるの第一打は空振り。

 第二打はなんだか当たり損ねてポテポテと転がる。

「次は私ですね、ムムムーン!」

 裕子の第一打も当たりそこねで、なんかべしょっとかぼてっとか言うような音を立てて不景気に転がって行った。

「こんな大きなボールなのに当てるの難しいですね」

 二打三打と打って行くけど、クラブもボールも大きいのに当たりそこなったりあらぬ方向に飛んでいったり。

「ねーねー裕子さん、早く打ってよー」

「いや、ここは集中させてください、集中!!」

 打つ前に何度も素振りしてコースを確認して念力を集中する裕子。

 簡単そうだから今度こそ、いや今度こそとやってるうちにすっかり夢中になるというパターンである。
60cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:42:22 ID:akv()
「うー、なんで愛海ちゃんみたいに、打った時にカキーンって音がしないんでしょう」

「ふふふ、あたしはもう4回目だもん。プロだよ」

 どのホールでも愛海の第一打はすごくいい音がする。

 きちんと当たるとああいう音がするんだ、とほたるも愛海の打ち方を真似るのだが、なかなか上手くいかない。 

 もっとも愛海にしても調子がいいのは一打目だけで、二打目以降はとたんにプレイが怪しくなってくる。

 初心者一名と未経験二名だ、ほたるが自分の不運を気にするまでもなく、三人とも平等にへたっぴで、次々失敗をしでかすのだ。 

「次こそは――うう、なんでまっすぐ飛んでくれないんでしょう」

「あたしのスーパーショットをご覧あれ、えーい!」

「うわあ、真っ直ぐ茂みに飛んでいきましたよ!?」

 三人して狭いコースを悪戦苦闘、あっちに打ったりこっちに打ったり。

「北海道の人はパークゴルフ大好きってほんとかなあと思ってましたけど、さっきすれ違ったおじいさん、すごくかっこいいクラブを持ってましたね。マイクラブかなあ」

「うわっ、あの人ボールを飛ばしましたよ!? このクラブでどうやって――ハッ、もしかしてあの人もサイキックが!?」

 他の人のプレイに驚いたり、自分たちの失敗に笑ったり。

 こう打ったらいい、いやこうだとへたくそなりに技術の話を戦わせたり、茂みに飛び込んだボールの脱出法について三人で首をひねったり――

 最初は観光でゴルフってどうなのとか思ってた気持ちは吹き飛んで、みんなしてゴルフの話ばっかりするようになる。

 ほたるも汗をかいて、はあはあ息をついて、空を見上げて。

「あ――」

「どうしたんですか、ほたるちゃん」

 そのまま言葉を失うほたるに、裕子が首をかしげる。
61cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:42:43 ID:akv()

「いいえ。空が、まぶしいなって思って」

「あー」

 一息ついて、裕子も空を見上げる。

 その日、その町の空は晴れ渡っていた。

 雪の照り返しもあるのだろう、真っ青な空の下、空気まで眩しく輝いてるみたいだった。

「昨日私たちが出会ったあたりは、なんかぐずぐずした天気でしたものね」

「窓の外も、ずっと灰色で――」

 こんな青空を見たのは、いつ以来だろう。

 そう思い返してみても、全然思い当たらない。

 つい最近まで居たはずの、東京の空ってどんなだったっけ。

 あそこは鳥取よりずっと晴れ間が多かったはずだから――

 そうやって思い出そうとして、ほたるは東京の空を全然覚えていないことに気がついた。

 そうだ、自分は東京では、いつも俯いていた気がする。

 空なんか、見上げたことがなかった気がする。

 だからだろうか、今日見上げた空は本当に綺麗で、なんだか心に染み渡るみたいで――

「つぎー! ほたるちゃんの打順だよー!!」

 いつもどおりカキーンと第一打を決めた愛海が、ほたるを呼ぶ。

 もう一度空を見上げて深呼吸をしてから、ほたるは『はい』と元気よく声を返した。 



                 ◇◇◇
62cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:43:18 ID:akv()


 決して、旅は長い時間じゃなかった。

 八戸を出発してから夕方までの道のりだ。

 その間に色々なところで降りて、色々綺麗なものを見て、楽しいことに触れて、めまぐるしく時間が過ぎて。

 あとは列車やバスで移動して、わいわいと話す。

 時間が空いたら、トランプなんかしたりする。

「ムムムーン! 私の透視能力で、どの札がババなのか当てて見せましょう……!」

 そんなこと言って、裕子はムムンと念じ始めたりする。

「でもトランプで自分だけ相手の札を見るのって、ズルくない?」

「ああっ、確かにズルは良くないですね! 私、トランプの間はサイキックを封印します!!」

 愛海のとぼけたツッコミに反省したりもする。

 そんな裕子の生真面目さがなんだかほほえましくて、三人で笑う。

 バス停の待ち時間に、町並みを眺めてヒマを潰したりもした。

 ぼんやり眺めていると、北海道の町はほたるや裕子が知ってるものと、随分違っている。

「なんで、北海道のおうちは屋根にいっぱい釘が立っているのでしょう」

「ああ、あれは落雪対策だね」

 にょきにょきと屋根から釘が生えた家をいくつも見つけてほたるが首をかしげると、愛海がさらっと解説してくれる。

「屋根の上の雪がいっぺんに滑り落ちてくると、軒先に居た人を押しつぶしちゃうんだよ。ああやっておけば滑り止めになって、いっぺんに雪が落ちて来ないんだ」

「へええ――」

 そんな風に、色々なことを知ったり、感心したり。
63cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:43:44 ID:akv()
 そんな合間合間に、三人はよく音楽を聞いた。

「私、この人の歌、好きなんです!」

「あ、いいなこれ。あたしも好きかも」

 工夫のないやり取りをして、スマホを交換してお互いお勧めの歌を聴く。

 三人とも小難しい曲なんて持ってない。

 薦めあう歌の大半はアイドル物で、三人ともが知ってる歌もけっこうあった。

 周りに人が居なければ、そういう歌を三人で合唱したりもして――

 もしかしたらほたるにとっては、そうやって三人で歌を聞いている時間が一番印象深かったかもしれない。

 だってそれは、ほたるが見たかった光景だったから。

 歌が、笑顔を呼んでいる。

 歌が、人と人を繋いでいる。

 それは、ほたるが『アイドルになれば、出来るかもしれない』と思ったことだった。

 私も、誰かを笑顔にしたい。

 私も、誰かをしあわせにしたい。

 その力が、アイドルにはきっとあるんだ。

 そう思ったことが間違いじゃないと、二人の笑顔が教えてくれているような気がした。
64cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:44:10 ID:akv()
「――もしよかったら、この曲も聞いてみてくれませんか?」
 
 やがて人気の無いバス亭で、ほたるはおずおずと、ある曲を二人に勧めた。

 それは、自分にアイドルへの道を決意させた、あのアイドルの曲だった。

 昨日は鼻歌を聞いただけで動揺してしまったけど、今日は二人に、聞いてほしいと思うことが出来た。

 自分をしあわせにしてくれた、あの歌を。

 だって、そんな気持ちになれたのは、きっと二人のおかげだったから。

 ――昨日の朝、ほたるの気持ちはくしゃくしゃだった。

 大好きな歌を口ずさもうとして、泣いてしまうほどに。

 だけどずっと裕子が傍にいてくれた。

 裕子自身は『色々考えてもほたるちゃんを元気付ける方法が思いつかない――!』と内心頭を抱えていた旅路ではあったけど、裕子が傍にいてくれたことが、ほたるにとってどれほど嬉しかったか。

 自分と同じように不可能に挑んで、自分と違っていまでも折れずに居る裕子の存在が、どれほど励みになったかわからない。

 裕子と出会わなかったら、今でも自分は同じように沈んでいたに違いないのだ。

 そして、愛海は衝撃だった。

『好きなものを好きじゃないふりをするなんて、いやじゃない』

 たぶん愛海自身は何の気なしに口にしたであろうそのシンプルな言葉は、ほたるを強くゆさぶっている。

 愛海の『好き』はシンプルだ。

 愛海は自然体で好きを語り、感じたことを口にする。

 その様子は何よりも雄弁に、ほたるに『素直になっていいんだ』と語りかけてくれているようでもあった。

 出会って1日の自分たちのために観光案内を買って出てくれる心意気も、嬉しかった。
65cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:44:33 ID:akv()
だから今朝、ほたるは二人の提案に答えることが出来た。

 一緒に行ってみよう、楽しんでみよう。

 愛海さんのように自然体で、色々なことを感じてみようって。

 列車が走るたび、窓の景色があたらしくなっていくように、ほたるの心もどんどん新しくなっていく。

 三人で北海道を行く気短い旅の間に、ほたるは自分の心が少しづつ活力を取り戻していることを感じていた。

 もう演技じゃなく、笑うことができる。

 自分の中にあった悲しみや苦しみを、ちゃんと見ることが出来る。

 そして――

 だからこそ気付いた、疑問がある。

 それはほたるの一番奥に横たわって、今まで気付くこともできずにいた疑問だった。

 今もまだ、その疑問は完全には形になっていなくて、言葉に出来ない。

 だけど、それは自分が正視して、はっきり答えを出さなくてはいけない疑問なんだとも、解った。

 三人で笑って旅をしながら、白菊ほたるは何度も想像する。

 もし、裕子さんに出会う前に愛海さんに出会っていたら、どうなったろう。

 きっと自分は悲鳴を上げて遠ざかろうとしただろう。

 愛海の言葉を聴く余裕だって、なかったろう。

 逆に、愛海さんと出会わない自分は、どうだったろう。

 もしかして自分は優しい裕子さんに甘えて、自分の中の『疑問』を自覚できないままで旅を終えたかも知れない。

 そうしたらきっと自分は、いつかとても後悔したに違いないのだ。

 二人がいたから、自分はすこしづつ元気になることができた。

 自分自身を、ちゃんと見ることができた。

 だから二人に、聞いてほしかったのだ。

 自分に色々な切欠をくれた、あの歌を――
66cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:45:15 ID:akv()
 スマホにスピーカーを繋げて、三人でそれを囲んで、歌を聴く。

 裕子はそれがあの時自分が鼻歌で唄おうとした歌だと気付いて、ほたるを見た。

 ほたるは大丈夫です、と笑ってみせた。

 やがて曲が終わると、何も言わずに愛海が曲をリピートさせた。

「いい歌だね」

 短く笑って聞いて、またリピート。

 そして何度も聞くうちに、裕子がそこに合わせて唄い出した。

 ちょっと歌詞が曖昧なまま、愛海も唄い出す。

 二人の歌声は、とても綺麗だ。

 アイドルになるためレッスンをしてきたほたると比較すれば技術は今一歩だけど、声そのものの美しさは目を見張るものがあった。

 ああ、仲良くなった候補生の子たちも、こんな素敵な声だった。

 ほたるは、何度も重ねてきた歌のレッスンを思い出す。

 今はどこにも無い事務所で、ヒマを見つけてはみんなで好きな歌を歌ったっけ。
67cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:45:32 ID:akv()
 やがてほたるも、二人に合わせて唄い出した。

 唄いながら、いろいろなことを思い出す。

 不幸で苦しいばかりだったころ、この歌とアイドルが希望をくれたこと。

 何度も何度も飽きずに練習して、おかあさんに怒られたこと。

 初めて上京するとき、列車に揺られながら、スマホに入れたこの歌を何度もなんども聞いたこと――

 思い出すいろいろなことがそのまま溢れて、歌に乗って流れ出すみたいだった。

 ふと気がつくと、いつの間にか裕子も愛海も歌うのを止めて、ほたるの歌に耳を傾けていた。

 一瞬目を丸くして、それでもほたるが最後まで唄いきると、二人は笑って拍手した。

 いつまでもいつまでも、拍手した。

 思わず、涙がこぼれそうになる。

 ああ、大好きな歌で誰かが喜んでくれるって、なんて嬉しいことなんだろう。

 誰かを笑顔に出来るって、なんて素敵なことなんだろう。

 ほたるは目を閉じて、その拍手と二人の笑顔を噛み締めた。



                 ◇◇◇
68cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:45:56 ID:akv()
「そういえば、気になっているんだけど」

 棟方愛海がそんなことを言い出したのは、日暮れまでの残り時間がそろそろ少なくなってきた、そんなころ。

 かわらず歌を聴きながら、次はどこで降りようか――と三人てガイドブック広げて相談していたときの事である。

「北の方に行くにしたがって、美少女旅行者を見かける率が上がってない?」

「ああ、それは確かに」

 難しい顔で、裕子も愛海の知見に同意する。

 これはって女の子を見かけるたび、ニコニコお近づきになりに行こうとする――そして当然お山を狙う――愛海がヒョイッと居なくなる回数は午後に入って列車やバスを乗り継ぐたびに、確かに増えていた。

 愛海がお山を狙う情熱と美少女を探し出す審美眼はそりゃもう確かなもので、列車の中だろうと駅の雑踏の中だろうと、必ずカワイイ子を見つけ出して突撃する。

 何も知らない美少女のお山を守るべくエスパーユッコが出動したことも、一度や二度ではないのである。

「なにか、美女が多い地方だったりするのでしょうか、このへん」

「美少女は美少女を呼ぶ。これも裕子さんやほたるちゃんと一緒に旅をしているからだよねきっと」

「わ、私は」

「いえ、裕子さんはとってもステキです」

 褒められ慣れてないのか赤くなる裕子に追い討ちをかけたのはほたるだ。

 なにせアイドルを目指していたのだからこっちも容姿に関する目は確かだ。

「裕子さんって身長は私とそれほど変わらないけど、スタイルいいし、笑顔もステキで――触れる機会がなかったけど、今までの事務所でもなかなか見なかったぐらいの」

「そこまでにしましょうほたるちゃん、そこまでに」

「うひひ、照れる裕子さんも可愛い」

 普段の元気と恥じらいのギャップが最高です、とご満悦で裕子の照れ顔を堪能してから、愛海はさて、と話題を切り替えた。
69cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:46:18 ID:akv()
「どこかで軽く食べたら、今日のシメはあたしのオススメの町に行こうよ」

「お勧めの町――?」

 美少女が沢山いたりするのだろうかと益体も無い想像をするほたる。 

「すごく綺麗な町で、ステキな庭園があるんだよ。暗い時間だと灯りがロマンチックで――どうしたのほたるちゃん」

「いえ、なんでも」

 自分の偏った想像を反省するほたるにへんなの、と首をかしげて愛海は言葉を続ける。

「ちょっと遅い時間になっちゃうけど、お父さんが宿を取ってくれた町まではちゃんとそこからバスが出てるから問題なし。どうかな?」

 ほら、と時刻表を見せてくれる。
 
「去年行ってステキだったから、もう一度行きたいって思ってたんだよ、ね、是非!」

 ははあ、とにかく北に行こうといっていたのはそれでか、と笑って納得するほたる、裕子。

「愛海ちゃんの観光案内はここまで確かでしたからね。楽しみです」

「はい、その町、見てみたいな――私も楽しみ」

 ほたるは笑った。

 素直に楽しみだと言うことができた。
 
 きっと三人なら、どこに行ったって楽しいから――。
70cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:46:40 ID:akv()

◎日暮れ/某所バス停留所


 北海道の夜は、本州よりもずっと早く来るような気がする。

 山に太陽が隠れても名残を惜しむように明るさが続く――そんなほたるたちが知っている夕暮れとは、違う。

 一度太陽が低くなるとそのまま潔く明るさが失せて、あっという間に夜になってしまう、そんな風に思えた。

 自分たちの住んでいる町と何が違うんだろう。

 平地ばかりだからだろうか、それとも緯度が高いからだろうか。

 自然が手付かずで人工の灯りがない場所が多いから、そのせいもあるのかもしれない――

 もし旅人に余裕があれば、そうやって自分が知るほかの土地との違いに思いを馳せ、旅情を味わうことが出来ただろう。

 だけど、白菊ほたるたちはそうではなかった。

「――バス、来ないね」

「はい」

「おかしいなあ」

 町外れ、宿を取ってある町に向うバスが出るバス停の前で、ほたるたちは不安げに顔を見合わせていた。
71cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:47:25 ID:akv()
 愛海がお勧めしてくれた町は、とても素敵だった。

 まるでヨーロッパの北国のような自然に目を丸くしたり、雪をかぶった綺麗な庭園を歩いたり、展望台からたくさんのタンチョウを見て歓声を上げたり――

 とにかく寒かったけどそれが気にならないぐらい楽しくて、今日は宿で楽しい思い出話も出来るに違いないと、三人ともそう思っていた。

 全ての観光を終えて町外れのバス亭に移動して、宿をとってある町に向うバスに乗ろうとするまでは、だ。

 そう、いくら待っても来るはずだったバスが来ないのだ。

 おかしいな、おかしいなと言っている間にどんどんあたりは暗くなって、ほたるたちは街灯も少ない町外れのバス亭に取り残されたような格好になる。

「雪も積もっていますし、何かのトラブルでしょうか」

「うーん、来るときは何もなかったですけどねえ」

「おかしいなあ、あたしが持ってる時刻表だともうとっくに来ているはずなんだけど」

 愛海は去年旅行に来たとき買ったのだというこのあたりのバスの時刻表を広げて難しい顔をする。

 寒い中三人で身を寄せ合って時刻表を確認すると、確かにもう30分も前に次の町に向うバスが来てなくてはおかしいはずである。

 だが。

「あれっ、ちょっと待ってください」

 裕子が、声を上げた。

 バス停に張られた時刻表に目をやったのだ。

「――色が褪せててよくわかんないですが、こっちの時刻表、愛海ちゃんの時刻表と色々違ってないですか」

「え!?」

 見れば確かに、色褪せた時刻表は、愛海の持っている時刻表より随分とスカスカしている気がした。

 目を凝らして確認して――愛海はやがてえーっと声を上げた。

「夕方からの便がなくなってる――!?」

 愛海たちは知らなかったが、北海道では不採算から本土よりずっと早いペースでバスの減便が続いている。

 この町から出るバスも同じことで、愛海が知っているよりずっと早く、最終便は出てしまっていたのだ。

「――え、これ、どうしよう」

 自分の周囲を見回して、愛海はほたるたちと出会ってから初めて、明確に慌てた様子をみせた。
72cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:48:12 ID:akv()
 それはそうだ。周囲はすっかり暗く、周囲は自然ばかりで目に付く家の一軒もない。

 そもそも案内を買って出た愛海も数回、ほたるたちに至っては初めて来た場所なのだから、皆しっかりした土地勘などない。

 要するに三人で、観光に訪れたよく知らない小さな町で、立ち往生してしまったのだから。

「落ち着きましょう、タクシーとか拾って、町に戻ればいいことですから」

 大したことないですよ、と年上らしく笑って落ち着かせようとする裕子の顔も、やはり不安そうである。

「そもそもタクシーが通るかな、ここ」

 呟く愛海も昼間と違って元気が無かった。

 町外れで、暗くなって、さっきから車なんか通らない。

 ほんの時々荒々しい運転の4WD車が通り過ぎていくけどどれもけっこうな勢いで、とても助けを求められる感じではない。

 暗くなるにつれ、あたりはどんどん寒くなる。

 冬の北海道の夜に立ち往生――それがシャレにならない事態だということは、誰にだってわかる。

 それに愛海には自分が古い時刻表をアテにしたから、という負い目もあった。

 とても平気ではいられないではないか。

 それぞれに不安を抱えて、これからどうしようと話す二人を、ほたるは黙って見ていた。

 昼間あれほど明るくて、自分を勇気づけてくれた人たちが不安そうにしている。

 空を見上げると、あれほど明るかった空はもう暗くて、星さえ見えなくて。

 冷えていく空気と一緒に、忘れていた冷たい気持ちがすうっ、と胸の中に蘇っていくのを、ほたるは感じた。

 そうだ、これはひょっとして――
73cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:48:34 ID:akv()
「――ごめんなさい」

 ぽろりと、口から謝罪がこぼれていた。

「ごめんなさい、きっと、私のせいなんです」

「え、いや。どう考えてもほたるちゃんのせいじゃないよ?」

 突然俯いて謝り出すほたるにあわてたのは愛海だ。

「だってほら、あたしが時刻表の新しい奴を確認しなかったから――」

「だって、昨日もそうだったんです」

「きのう?」

「昨日だって列車が止まって、予定していた町にたどり着けなくて。今日もこうして足止めを受けて――私と一緒に旅をしているから」

「ほたるちゃん」

「私が何も考えずに飛び出したから。おかあさんたちも心配させて、お二人にも色々苦労をかけて、せっかく、私を元気付づけようとしてくれてる人に、何度も不安な思いをさせて――」

 裕子の制止を振り切って、言葉を繋ぐ。

 言葉を口に出すということは、自分の中にあるものを形にするという事でもある。

 言葉にしていくうちに、ほたるは自分の中の罪悪感がどんどん形を取っていくのを感じざるを得ない。

「――私が旅に出なければ、きっと、お二人はここで不安な思いをするようなことはなかったのに!」
74cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:49:00 ID:akv()
 裕子は物事の明るい面を見せてくれる、とても素敵な人だ。

 愛海はなんだか憎めない、人の心を暖かくしてくれる人だ。

 二人に出会えて、嬉しい。

 二人に会えていなかったら、自分はどうなっていたか解らない。

 二人に会えて、とても楽しかった。

 だけど、二人はどうだろう。

 二人は自分に出会わなくても、きっと普通に過ごしていた。

 二人は自分を助けてくれているけど、それは二人にいらぬ負担を強いているだけなのではないか。

 二人に会えて嬉しい。

 だけどそのせいで今、あんなに明るい二人に不安な顔をさせてしまった。

 それが今、辛くて辛くて仕方なくて――

「ほんとならお二人が、私に付き合う義理なんてなかったのに。ごめんなさい――!」

 ほたるはワッと泣き出してしまう。

 ――のだが。

「あれっ、あたしとしては素敵なお山を堪能させてもらった上に美少女と旅行ができるだけでお釣りがくる感じだったんだけど」

 シレッと言う愛海。

「えっ」
75cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:49:39 ID:akv()

「えっ」

「でもほたるちゃんの気がすまない感じなら、もう一回登山させてもらっていい?」

 さらに愛海が手をワキワキさせて肉薄してくるもんだから、ほたるの瞳から流れ出しかかった涙も中途半端に止まってしまうしかない。

 とりあえずお山を緊急ガードしてあわあわと退避。

「そこまでですよそこまで!」

 『うひひ逃げる美少女も素敵だなあ』とか言ってほたるに肉薄しようとする愛海の襟首を雑に押さえて、裕子はまっすぐほたるを見る。

「愛海ちゃんじゃないけど、私もおつりがくる感じなんですが」

「えっ――」

 ほたるを慰めるというより素の感想を口にするような裕子の調子に、ほたるは目を見開いた。

 見開いた瞳一杯に、ぱっと笑った裕子が映る。

「私、そもそも予知夢を見て北に向かう旅に出るつもりになったんですよ? その旅にほたるちゃんみたいな道連れが出来たってだけでかなり嬉しいです」

「あ――」

「それに電車が止まらなかったら愛海ちゃんとも出会わなかったし。最初はどうかと思いましたけど、付き合ってみると楽しくていい子ですよね愛海ちゃん」

「うわ、なんか照れる」

 褒められ慣れていないのかおどけているのか、襟首押さえられたままくねくねと恥らう愛海。

 自分ひとりだったら絶対出会わなかったような新しい友達が一人、二人と増えた。

 それだけで旅の成果としては充分以上じゃないかと裕子は思う。

 それに、ほたるに受けた衝撃は、今も真新しく裕子の胸にあった。

 1つの夢が潰えることが、その人を叩き潰してしまう。

 それは残酷なことだけど、そんなにまで夢に打ち込めた人を、堀裕子は他に知らない。

 自分もいつかそんな風に、何もかもをかけて打ち込める夢を見つけてみたい――

 ほたるは裕子の胸に、新しい情熱の火をともした。
76cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:50:19 ID:akv()

 この火の価値は何者にも替えがたいって、裕子はそう思うのだ。

 ああ、それに、そうだ。

 そういう面倒くさい理屈は放っといて――

「だいいち、楽しかったじゃないですか」

 裕子は笑って、そう言い切ることができた。

「色々あったりするけど、ほたるちゃんと一緒にいて、三人で旅して、いろんなことして、唄って、ご飯食べて――楽しかったじゃないですか、これまでの旅」

「あたしも楽しかったよ!」

 シュパッと挙手して申告する愛海。

「お山もそうだけど、誰かと旅するのって楽しいよね。でも、誰と旅しても楽しいってわけじゃないよきっと――で、ほたるちゃんたちとの旅は楽しい!」

 好きなものを、愛海は決して隠さない。

「ほたるちゃんは違う?」

 愛海のブラウンの瞳が、屈託なくほたるを捕らえた。

「――違わないです」

 ほたるも、それは同じだった。

「私も、私も、楽しかったです」
77cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:50:32 ID:akv()
 そうだ、楽しかった。

 素敵な二人と一緒に、いろいろなことが出来た。

 色々なことがあったけど、発端は苦しくて仕方の無いことだったけど、二人と出会った後の旅を思い返せば、色々な出来事が、どれも楽しくて仕方がなかったような気がするのだ。

「なら、それでいいじゃない」

 愛海は、笑って言った。

「はい」

 ほたるは、ぐすんとすすり上げて、頷いた。

 笑って二人になにか言おうとして上げた顔が、突然眩しい光に照らされる。

 グオオオオン!!

 低く唸るようなエンジン音。

 暗さに慣れていた目には強すぎる光に三人が目を細めるのと、雪道を蹴立てて走る大きな4WD車が地面を削るような音を立てて三人の傍に停車したのは、ほとんど同時のことだった。
78cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:50:51 ID:akv()

◎幸運の桟橋へ


 バス停の前を少し行き過ぎて止まったのは、真っ黒で大きな4WD車だった。

 ほたるたちに車種や正確な種類はわからないが、ほたるたちが見た事のある4WD車より、一回り大きいような気がする。

 暗いからか、何かのフィルムでも貼っているせいかで車の中はぜんぜん見えないし、大きくて四角くてごつい車体、太いタイヤには無言の威圧感があった。

 移動手段がなくて困っていたところなのだからラッキー! と喜んでもよさそうなものだったが、なんだかそうする気になれないのはその威圧感のせいだったろう。

 三人はなんとなく身を寄せ合って、赤く光るバックライトを見詰めた。

 やがて車はもう一度唸り、バックして三人の前で止まった。

 運転席のパワーウインドがゆっくりと開いて――

「!?」

「!?」

 ほたると愛海が竦みあがった。

 だって、運転席の窓から顔を出したのは、車同様ごつくて恐い感じの、外人のおじさんだっからだ。

 どのぐらい恐いかというと正義のエスパーユッコが思わず年下二人を後ろにかばっちゃうほどだ。

「Вы в порядке?」

 しかもその声ときたら低くて洋画の悪役みたいなのだからたまらない。

 不安な思いをしていた三人が、思わず警戒してしまうのも仕方ないという物であろう。

 だが、この警戒も長くは続かない。

「待ってください。Отец……パパ、恐くない、ですね」

 今度は後席の窓が開いて、ほっそりした姿の銀髪の女の子が顔を覗かせる。

 三人で、目を丸くした。

 だって、顔を出したのはもんの凄い美少女だったのだ!!

 どのぐらい美少女かと言うと、愛海がウヒョーと叫んで我を忘れ、飛び掛りそうになったほどだ。

 もし裕子とほたるが愛海を取り押さえるのがもうちょっと遅かったなら銀髪美少女のお山はおもうさま蹂躙され、少女の乳もとい父は激怒し、このお話はここで終わっていたかもしれない。
79cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:51:08 ID:akv()
「もしかして、立ち往生ですかと、パパ、聞いてます」

 愛海を取り押さえる一瞬の攻防には気付かず、銀髪の少女は父親の意図を説明した。

 銀の髪、白い肌、青い瞳。

 すらりとして、洗練されていて――もしも雪の精霊がいたならこんな姿をしているのかも知れない、とほたるは思う。

 外国の子、もしかしたらハーフなのだろうか。独特のゆったりした口調には独特なイントネーションがあったけど、それが彼女にかえって暖かさをつけ加え、その魅力を増しているようにも思える。

「あ、はい。そうなんです。夜の便で次の町にいけると思っていたら、バスがもうなくて」

「この路線のバス、減便になったの、つい最近です。時々皆さんのように立ち往生する人、いますね。パパ、そういう人がいないか、気をつけています――Отец?」

 裕子の説明にやっぱりと頷き、銀髪美少女は父親に外国語でなにやら説明し始めたようだった。

「たぶん、ロシア語かなあ」
 
 しばらくそのやり取りに耳を傾けてから、愛海はそう結論した。

 言葉の調子からアテをつけたのだ。

「えっ、愛海ちゃん、解るんですか」

 ほたるは目を丸くする。

「私なんだか『知らない外国語』ぐらいにしか思わなかったです」

「いや、前に八戸のお町で見た船員さんが、あんなふうな言葉で喋ってたからそう思っただけで――あーでもいいなあロシア語。勉強したいのと持ちかけたらあの子が手取り足取り教えてくれたりしないかなあ」

「ダメですからね、親切にしてくれているんですから」

 うひひと笑いそうな愛海を裕子が嗜めたところで、ぶうん、とエンジンが大きく吹かされた。

「パパ、皆さんの宿まで載せてくれる、言ってます。乗ってください」

 銀髪美少女が、笑って三人に手を振った。

 その笑顔の明るさと不安から解放された安心感で、三人はわっと声を上げて喜んだのだった。



                 ◇◇◇
80cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:52:11 ID:akv()
 大きな4WDは雪道を物ともせずに走る。

 ごついタイヤはしっかり雪道を捉えて不安を感じさせないし、先ほどほたるたちの目をくらませたヘッドライトも、いまは雪原をしっかり照らし出して頼もしいと感じられる。

 暖かい車内で広い後席に少女四人が並んで座り(なお、登山家美少女は銀髪美少女から一番遠い席に配置された)、ほっと一息。

「Добрый вечер。私、アナスタシアです。あの、アーニャって呼んでください」

 ようやく三人の緊張が緩んできたところで、銀髪美少女の自己紹介。

「あたし、棟方愛海。拾ってくれてありがとう! しかも拾ってくれたのがこんな美少女だなんて、運命感じちゃうな!」

「堀裕子です。さっきはごめんなさい、折角親切にしてくれたのにアーニャちゃんのお父さんを怖がっちゃって」

「いいんです。パパ、よく恐がられます――でも本当はとても優しいです」

 そう言って運転席の父親を見るアナスタシアの視線も、とても優しい。

 きっと仲がいい親子なんだろうと、ほたるは想像する。

 そういえば、戻ったら鳥取の両親にはどうやって謝ろう。

 説明はしたからひどく怒られはたりしないだろうけど、ずいぶん心配をかけてしまっている。

 どんなに謝っても、そのことはきっと償いきれなくて――と考えに沈みそうになったところで、ほたるはようやくアナスタシアがあの青い瞳で無邪気に自分を見詰めていることに気がついた。

 そうだ、自己紹介の途中だったじゃないか。

「あ、ご、ごめんなさい、私は白菊ほたる、13歳です。鳥取から来ました。趣味はアイドルレッスンと笑顔の練習で――」

 慌てたついでに、オーディションために何度も練習したような調子で自己紹介をしてしまう。

「кумир! やっぱり」

「えっ?」

 ほたるの自己紹介の何が面白かったのか、アナスタシアはぱあっと笑った。

「丁寧に、ありがとうございます、アツミ、ユウコ、ホタル――あの、それで、私、皆さんに聞きたいことがありますね」

 わくわくと、何かを期待するようにこちらを見詰める青い目。
81cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:52:26 ID:akv()
「私たちに、ですか」

 吸い込まれそうな綺麗な目にどぎまぎするほたるに、アナスタシアはちょっと子供っぽい動作で頷いた。

「はい、三人は旅の途中みたいでした。この後、どこに向う予定でしたか?」

「実は、予定らしい予定はなくて」

 何かを期待するようなキラッキラした目で見られる居心地の悪さに縮こまって、ほたるは自分たちの旅に予定らしい予定が無いこと、明日の事は今夜宿で相談しようと思っていたことなどをかいつまんで説明する。

「ああ、そうでしたか。残念です。あてが外れました……」

 そしたら何故だか、アナスタシアはがっくりと消沈するではないか。

「えっ、えっ、残念ってあの、どうして」

 まさか恩人をがっかりさせてしまうとは思ってもみず、したたか慌てるほたる。
 
「もしかしたら三人とも、阿寒のイメージガールコンテストに出場しに来たのかと思いました」

 残念です、としょぼんとした調子で説明するアナスタシア。

「コンテスト――ですか」
 
 ここで聞くとは思っていなかった言葉だった。

 ほたるは思わず、聞き返してしまう。

「はい、三人とも、とてもカワイイですし、ホタルはкумир――アイドルのレッスンしていると言いました。それに、三人が泊まる町、阿寒へのバスが出ます。だから、もしかしてと思ったんです」 

「なんですか、そのコンテスト」

 そもそもイメージガールってナニ、みたいな顔で首をかしげる裕子。

「阿寒湖に面した町が、そういうコンテストをするんです。都会の芸能事務所が協力して、大きなキャンペーンをするから――そのイメージガール、探していますね」

「ああ、それで道中かわいい子が多かったんだね!」

 謎は解けたと愛海は一人納得する。
82cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)03:52:48 ID:akv()
「実は友達に誘われて、私もそれに出場しますね――だけど、一緒に応募した友達は行けなくなって、私ひとりです。心細いから、あなたたちもそうならいいのにって、思いました」

「ふむふむ――あっ、これですね!」

 アナスタシアの説明を聞きながら検索をかけていたらしい裕子が、それらしいサイトを見つけて声を上げた。

 四人でくっついてスマホを覗き込む。

 その町の公式サイトに、すずらんの花と青い湖が配されたイメージガール募集の特設ページが追加されている。

 曰く、町のイメージガールとして一年間町の広告活動に従事してくれる女の子を選ぶために、町主催のコンテストを開催する。

 本来は事前に応募してもらうけど、当日の飛び入りも大歓迎。

 もし合格すれば阿寒湖にまつわる歌を歌ったり、北海道で様々なテレビ番組やイベントに出てもらう。

 東京の大きな芸能事務所が協力しているので、東京のテレビに出たり、唄ったりすることもある――

「つまり、期間限定のアイドルみたいなものなんですね」

「はい――この事務所、私も知ってます。凄い大手さんですよ」

 ざっくりと総括する裕子に頷きながら、ほたるは自分のスマホで阿寒湖のほとりの町、阿寒町について検索した。
83cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:38:48 ID:akv()
 阿寒町は阿寒湖に面した湖の町で、アイヌの大きなコタンがあるのだという。

 検索していくと、大きな木彫りのふくろうが町に鎮座している写真があった。

 そのふくろうはコタンコロカムイという、夜の村を守る神なのだという。

 悪いものが村に入ってこないように目を光らせる、人々の守り神なのだ。

 サイトにも配されていてたすずらんは町の花で、花言葉はしあわせの再来。

 それにあやかってか湖に面した『幸運の桟橋』からは『すずらん丸』と名づけられた観光船が出ているのだとか――

 悪いものから守る神がいる、幸運の花の町。

 その言葉がなんだかすごく眩しくて、ほたるは何もかも嫌になって飛び出したことも忘れて、「いいなあ」と思った。

 この旅では、色々なことがあった。

 旅立ったときはひどく絶望していたけど、裕子さんや愛海ちゃんと出会えて、明るい気持ちになれた。

 最初は目的地なんかなかったけど、旅を続けて来た果てに幸運の花の町に出会うなんて、自分には出来すぎのような気がした。

 もしその町に行ったら、そんな縁起のよさそうなコンテストに出たら、自分も少しは幸福に近づけるのだろうか?

 飛び入りで自分なんかが参加しても、きっと受かることはないんだろうけど―― 

「つまりその町に行けば美少女が沢山居るんだよね?――あたしそこに行きたい!」

 美少女登山家棟方愛海は、大興奮だった。

「しかもコンテストに出れば沢山の美少女と合法的にお近付きになれるチャンスがある――あたし、出る! コンテストに出るよ!!」

 しかもほたるの感じている逡巡をぽーんと飛び越えて、参加を表明するではないか。

「――ほたるちゃんも、出てはどうでしょう」

「裕子さん――」

 ほたるの肩に手を置いて、堀裕子が笑っていた。
84cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:39:16 ID:akv()
「色々あった旅の終着点が幸運の町なんて、ステキじゃないですか――これこそが私の予知の運命だったかもしれませんよ」

 でも、と言いそうになるほたるを、裕子はじっと見ていた。

 ああ、そうだ。

 裕子さんはずっと、私を見てくれていた。

 ほたるは思い出す。

 裕子さんは私を駅で見つけてくれたときからずっと、私を見ていてくれた。

 私を元気づけようとしてくれた。

 青森までの長い列車の旅で、自分の夢が砕けた話をして――

 でも裕子は決して『きっと大丈夫だ』なんて、言わなかった。

 『ほたるならアイドルになれる』なんて軽い言葉は、口にしなかった。
 
 ただ、ほたるの心が癒されるよう、笑顔になれるよう、心を砕いてくれていた。

 その裕子が初めて、コンテストに向けてそっとほたるの背中を押した。

 その事の意味が、ほたるには解るような気がした。

 それは、ずっとほたるの中に横たわっていた疑問の答えと、きっと同じだった。

「不安なら不肖・エスパーユッコも一緒に出ましょう。私のサイキックがあれば安心です!!」

 太陽みたいな裕子の笑顔が、はじけた。

 なんの保障にもなりそうにないのに無闇に自信ありげな言葉に、ほたるはぷっと吹き出してしまう。

 いつの間にか、心の中にもうなくなっていたと思った力があった。

 それが溢れて、笑いになった。
85cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:39:42 ID:akv()
 ほたるが笑う。

 わらって、笑って、笑って。

 とても楽しそうに笑って、みんながどうしたのかとそれを見て。

「――私も出ます、コンテスト」

 アナスタシアが目を丸くするぐらい笑ってから、ほたるは控えめにそう宣言した。

 イメージガールそのものは、アイドルへの道に直接繋がっているとは言えない。

 その切欠が出来るぐらいだろう。

 だが、それでもいい。

 いや、そもそも合否はどうでもいい。

 挑戦してみようと、そう思えたのだ。

「いいんですか」

「――諦められていないことを、諦め切れたふりをして暮らすのは、きっと無理ですよね」

 確認する裕子に、ほたるは頷く。

 それはずっとほたるの胸にあった疑問の答えだった。

 自分は届かなかった。

 自分はアイドルになれる力がなかった。

 だから砕けて、諦めた。

 でも、自分は本当に諦めきれていただろうか。
86cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:40:32 ID:akv()
 二人と旅して元気を貰った。

 みんなで歌を歌った。

 あのとき一緒に歌えたのが、どれほど嬉しかったか解らない。

 自分が素敵だと思っていたことはやっぱり素敵だったと、知ることが出来たから。

 自分の胸の中で、あの時の憧れが今でも輝いてると、再確認することが出来たから。

 アイドルへの憧れを捨てられる?
 
 すっぱり諦めて、それを見ずにこれからを生きていける? 

 ずっと自分の中に横たわっていた疑問。

 好きなものを好きでないふりをするのは嫌だと、愛海は言った。

 答えはきっと、最初からそれだった。

 たとえ苦しくても、才能がなくても、自分に手が届かない星だとしても――アイドルへの憧れを捨てるなんて、無理なんだ。

 私はアイドルが好きなんだ。

 ずっと私を労わってくれた裕子さんが、コンテストに出ないかって言ってくれたのは、きっとそれでだ。
87cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:41:09 ID:akv()
「裕子さんは、知っていたんですよね」

「えっ」

「アイドルから目を背けたままじゃ、私はきっと元気になんかなれないって」

 裕子は小さくはにかんだ。

「そこまではっきり思っていたわけじゃないです――ただ」

「ただ?」

「ずっと打ち込んでた夢を捨ててしまったら、その後ほたるちゃんはどんな顔をして暮らすんだろうって、考えたんです」

「――」

「いままでの全部を賭けてきた夢を全部捨てて、見ないふりをしてるほたるちゃんが、楽しそうな顔をしてるところが想像できなかったんです。そんなのは嫌だって、思ったんです」

「――私、裕子さんみたいになりたいです」

 それはほたるの、素直な気持ちだった。

 サイキックとアイドル。

 追っているものは違っても、誰からも『できっこない』と思われているものを追いかけているってことでは、裕子と自分はよく似ていた。

 違うのは、夢を捨てようとした自分と違って、裕子は何度失敗してもあきらめていなかったって事だ。

「何度失敗しても、誰から無理だって言われても自分の夢を追いかけていけるようになりたいです。裕子さんみたいに強くなりたい」

「ほたるちゃんは強いですよ」

 裕子は明るく請け負った。

「だって、結局ほたるちゃんはもう一度頑張ろうって気になったんですから」

「――ありがとうございます」

 それはきっと、裕子と愛海がいなければ出来ないことだった。

「アナスタシアさん、明日は、みんなで一緒に行きましょうね」

「いいのですか」

 誘ったこととはいえ、予定していなかったことではないのか。

 少し遠慮がちな様子を見せる銀髪の彼女に、ほたるは頷く。

「アナスタシアさんが教えてくれたから、私、思いきれたんです。どんなお礼をしても足りないぐらいです」
88cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:41:25 ID:akv()
 思い返せば、不思議に思う。

 裕子さん、愛海ちゃん、アナスタシアさん。

 三人のうち誰に会わなかったとしても、私は阿寒町に行ってみようなんて思わなかったろう。

 もういちど挑戦してみようと思えたのは、もしかしたらもっとずっと先の事だったに違いない。

 幸運――なんてものが自分にあるのかは解らないけど、なにか不思議なめぐり合わせのようなものを、ほたるは感じずにはいられなかった。

「それに――」

「что?」

 きょとんとするアナスタシアの手を、ほたるはそっとそっと握った。

「アナスタシアさんと知り合って、友達になれたら――きっとそれだけでお釣りが来るくらいですよ。ね?」

 ほたるは笑う。

 愛海も、裕子も、アナスタシアも笑う。

「では明日は4人で乗り込んで、上位を独占してやりましょう!」

 えいえいおー。

 景気をつけるように拳をふりあげる裕子に、みんながあわせた。
 
 明日は四人で阿寒町に乗り込む。

 そう決めて四人は同じ宿に泊まる。

 四人で夜遅くまで、本当に沢山の話をした。

 北海道のこと、旅のこと、お互いのこと、アイドルのこと――
 
 それは眠るのが惜しくなるような、楽しい楽しい一夜だった。
  
89cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:41:38 ID:akv()
◎翌日17時前後/阿寒町・幸運の桟橋付近


 そして四人はコンテストに乗り込んだ。

 コンテストは盛況で、美少女よりどりみどりの夢のような空間に愛海のテンションは最高潮に達する。

 なんとか愛海を押さえつつ、四人で様々な課題に取り組み、幾多のライバルを乗り越えて。

 そして見事イメージガールの栄冠を手に入れる――

 ことが出来たら、きっと綺麗なラストだったろう。

 だが。

 残念なことに、そうは問屋がおろさないのが人生というものだったのである。



                 ◇◇◇
90cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:42:37 ID:akv()


「結局四人とも落選してしまいましたねえ」

 お立ち台の上でトロフィーを受け取って笑う女の子を聴衆の向こうから眺めて、裕子はあーあと肩を落とした。

「しかたありません。あんなтрудно――難しい、アイヌの風習の問題なんて、出ると思いませんでした」

 アナスタシアもため息とともに首を振る。

 そう、いくつかの課題で絞られた候補者に示されたのは、アイヌに関する様々な風習や神話に関するマニアックなクイズだったのだ。

 もちろんそんなクイズに答えられるものがそうそういるはずは無い。

 それまで横並びで喰いついていた候補者も、結局今トロフィーを受け取ってる少女以外、そこで総崩れ――というわけだ。

「あの子って、ここのアイヌコタンの女の子なんだって」

 湖畔の店で買ったレイクロブスターのフライをぱくぱく食べつつ、愛海は言った。

「なんか、出来レースだったんじゃないかって。これ買ったお店で噂してる子がいたなあ」

 阿寒町はアイヌコタンと阿寒湖の観光が大きな比重を占める町だ。

 それにこれから町を中心に宣伝る事を考えたら、町出身の人間にイメージガールになってほしい、と考えるのは当然だったかも知れない。

「――幻滅しましたか?」

 勇気を出して挑んだコンテストの結果がこれである。

 ほたるの心中はいかばかりか――と、おそるおそる声をかける裕子。

 だがほたるは無言で、暗くなってゆく『幸運の桟橋』を見詰めていた。
91cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:43:52 ID:akv()
「今日はここで一泊するとして、明日はあたし、青森に戻らなくちゃ」

 残念ながらお小遣いがないのです、もっと旅していたいなあ、とため息をつく愛海。

「――そうですね、そろそろ旅も終わりなんですかね」

 まだ桟橋から目を離さないほたるの背中を見詰めてぺしょんと眉を下げながら、裕子はため息をついた。

 福井から青森、北海道。

 移動ばっかりでいろいろトラブルもあった旅だったけど、思っても見なかったような人と知り合えて、感銘を受けることもあって、凄く楽しい旅だった。

 ただ、最後にほたるにステキな結果が訪れなかった。

 それだけが残念で――

「ねえ、みなさん」

 くるっと、ほたるが振り返った。

 笑っていた。

「また、今度は春休みに、四人で集まりませんか?」

「春休みに――ですか」

 意外な提案に、裕子たちたは目を丸くした。
92cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:44:08 ID:akv()
「そう、春休みです――だって、楽しかったじゃないですか。これきりで会えないなんて、私、嫌です」

 もう一度夢に挑もうとしたコンテストは出来レースだったかも知れない。

 だけど、ほたるの笑顔はさばさばとしていた。

「今度は東京なんてどうでしょう。私、そのころは東京に居ると思うから、案内しますよ」

「それってつまり――」

 裕子は、目を見開いた。

 ほたるは鳥取の生まれだったはずだ。

 東京に居るということは、つまり――

 ほたるは、夢に向けて、頑張り続けるということだ。

「ああ、いいですね。凄くいいです」

 鼻の奥につんとするものを感じつつ、裕子は何度も頷いた。

「私、東京をちゃんと観光してみたかったんです。是非、案内してください!」

 愛海もアナスタシアも、東京にはあこがれがあった。

 私もわたしもと同意して、四人で約束を交わして、アドレスを交換して。

「旅――楽しかったですね」

 桟橋を見詰めて、ほたるは言った。

「はい、とっても!!」

 裕子は心の底から、頷いた。



                 ◇◇◇
93cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:44:27 ID:akv()


 夕闇迫る桟橋の近く、四人の背後から歩み寄る影があった。

 きちっとした背広を身に着けた、大柄な男。

 町のコンテスト関係者は男とすれ違うたび頭を下げ、二言三言言葉をかける。

 どれも、コンテストが盛り上がったことに対する謝礼の言葉だった。

 男はコンテスト開催に協力していた東京の芸能事務所の人間ひとり、芸能プロデューサーだ。

 コンテストの途中から、男はコンテストの結果とは関係なしに何人かの少女に目を留めていた。

 周囲を輝かせるように笑いあう四人の笑顔を見て、男は自分の直感が間違っていなかったと確信する。

 ネクタイを直し、背筋を伸ばして、近付いていく。

「すみません。少し、お話を聞いていただけないでしょうか――」

 男の言葉に、四人が振り返った。

 男は、名刺を差し出した。
 
 コンテストには、誰も合格しなかった。

 だけどこれから先、この名刺を切欠にして、四人の前には思っても居なかったような新しい道が開けていく。

 だけどこの話では、ここから先は語らない。

 ここから先は、きっとみんなが知っている物語だからだ――。



【シンデレラガールズ劇場 第70話へ続く】



                



                   (おしまい)
94cgcCmk1QIM :2018/10/09(火)04:50:14 ID:akv()
ありがとうございました。

長いものであり、列車の運行などに怪しい部分もありますが、読んでいただければ幸いです。
95名無しさん@おーぷん :2018/10/09(火)04:54:10 ID:JRk
乙でした!ホントに読んでて引き込まれる物語でした。
仕事があるのに目が話せなくて、こんな時間まで最後まで読んでしまいました

この4人がなぜ北海道で、って想像して、それにキレイに繋がる話でしたね
(70話のセリフの口調から目をそらしつつ)
また次の作品をお待ちしてます
96名無しさん@おーぷん :2018/10/09(火)09:31:58 ID:xyE
乙乙
凄く良かった…

劇場につながるのも鳥肌だわ
97名無しさん@おーぷん :2018/10/09(火)13:02:38 ID:WGP
これほんとすき
98名無しさん@おーぷん :2018/10/09(火)20:15:45 ID:iv5
乙です。
珍しい組み合わせだと思いましたが、最後で納得しました。
徹頭徹尾素晴らしい物語でした。
99名無しさん@おーぷん :2018/10/09(火)23:11:50 ID:Wno
乙でした

素晴らしい物語です
最後まで一気に読んでしまいました

ありがとうございました

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