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新田美波「わたしの弟が、亜人……?」(再)

18zklXZsAwY:2018/09/09(日)18:48:54 ID:mLo()
『アイドルマスターシンデレラガールズ』と『亜人』のクロスオーバーSSです。地の文あり。
『シンデレラガールズ』の世界観はアニメ版を準拠、時間軸は最終回以降。クロスオーバーに際して
・新田美波が永井圭、慧理子の姉(正確には異母姉)に。その影響で、新田家と永井家の家庭環境の諸々を変更。
・『シンデレラガールズ』側の登場人物の一名が亜人
の二点の設定変更があります。

SS速報VIPで更新してましたが、エタりそうなのでこっちで再開することにしました。
5348zklXZsAwY :2018/09/18(火)21:58:04 ID:mxH()

中野「戸崎さんとデキてんのかな」

永井「それはないと思うぞ」


 永井は即座に否定の言葉を口にした。


永井「だってあのひと、亜人だろ。病院であの人だけ耳栓してなかったからな」

中野「彼氏いんのかなあ」

永井「……ていうか、おまえ、あのアナスタシアってやつにはそんな反応しなかっただろ」


 さすがの永井もアナスタシアや下村の容姿が秀でていることは認めていた。永井にとって、彼女らの容姿は客観的事実にとどまり、感情に作用することはなかったので、中野がなぜ下村にだけ魅力を感じているのかわからなかった。


中野「だって、アーニャちゃんはまだ子どもだし。それにアイドルって恋愛禁止だろ?」

永井「バカのくせにものわかりはいいんだな」

下村「なにしてるの? はやく来て」
5358zklXZsAwY :2018/09/18(火)21:58:57 ID:mxH()

 案内されたのは壁紙もまともに貼られていない空っぽの部屋で、四隅から柱が直角に突き出していた。ここまで殺風景だと、不快なちいさな生き物の姿を見る心配はなさそうだ。

 中央にソファとサイドテーブルがひとつ、その前にプラスチック製の丸椅子が二脚あり、その安っぽい丸椅子は永井と中野のためのものだった。サイドテーブルにはタバコとライターと灰皿と資料が置いてあった。それらはソファに腰かける男のものだった。

 男はサイドテーブルに手をのばした。資料を取った手は包帯に巻かれていた。薬指と小指のあたりがきつく何重にも巻かれていて、その二本の指が失われていることは一目でわかった。


オグラ「永井圭……公式では国内三例目の亜人」


 オグラは資料をめくりながら言った。


永井「オグライクヤ……」

中野「おれは中野です」

オグラ「亜人はおもしろい。無意味な人の一生にも価値はあるのだとほのめかしてくれる」

中野「あの、中野……」

オグラ「吸っていいかな?」


 そう尋ねたときすでにオグラはタバコを口に咥えライターを手に取っていた。


永井「すみません、苦手なんで」


 オグラはタバコに火を点けた。
5368zklXZsAwY :2018/09/18(火)21:59:49 ID:mxH()

オグラ「永井くん、人はなぜ死ななければならないと思う?」


 戸惑いと不快な眼差しで喫煙を見つめる永井をまったく無視して、オグラは質問を口にした。そして、永井が答えるまえにすぐに自分で答えを口にした。


オグラ「宇宙がそう決めたからだ」


 永井は顔をひきつらせた。宇宙とか言い出しやがった、という困惑の表情を隠そうともしなかった。亜人になって以来、おそらくもっとも困り果て、途方にくれていた。


『オグラさん、御託はいい』


 対面するオグラと永井を真横に捉える位置に三脚にすえられたHDカメラが置かれていて、戸崎の声はそこから聞こえた。


オグラ「カメラの向こうの田崎くんがいうには、きみのIBMはすこし変らしいな」

『トザ……トサキです』

オグラ「出してみろ」


 オグラの指示に永井も中野も驚いた。


永井「死ぬかもしれませんよ?」

オグラ「煙草のパッケージか、おまえは」

下村「いいんですか?」


 様子を監視している下村が戸崎に尋ねた。戸崎は無言で事態を静観することに決めているようだ。


中野「ダメだって!」

オグラ「黙れ! 患者を診ずにカルテが書けるか」

永井「どうせ見えないでしょ?」

オグラ「殺す気でこい」
5378zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:00:37 ID:mxH()

一瞬の間もおかず永井はIBMを発現した。


オグラ「形状はプレーン。くっきり見えるな」


 殺意が実体となって目の前に現れても、オグラは平然とタバコを吸っていた。タバコの先が赤くなった。永井のIBMは頭をオグラのほうへ突きだし、赤い点を注視しながらぶつぶつと要領の得ないことを呟いている。


オグラ「命令してみろ!」

永井「なにを?」

オグラ「動物飼ったこともないのか?」

永井「おすわり?」


 IBMがぐるんと腰をひねった。腕が伸び、中野の胸元に黒い手が槍のように突き刺さった。


中野「なんでおれ……」


 貫通した指が壁にも突き刺さり、中野は磔にされ、足が浮いた状態になっていた。


オグラ「自走……しかも命令を完全無視か」


 オグラはタバコの灰を落としながらいった。永井も同じところを見ながら、自身のIBMの性格というものがだんだんわかってきたと感じていた。
5388zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:01:54 ID:mxH()

オグラ「アイオワの農家の亜人が似たような事例だった」


 オグラが話し出し、永井はそちらに向き直った。中野は磔にされたままだったが、二人ともそちらを気にもせず、会話に意識をむけていた。


オグラ「最初のうちはIBMに草むしりなどの単純作業をやらせていた。だが数年後のある朝、自発的にコーンの刈り入れをしていたそうだ。トラクターを操縦してな。きみの場合、長いことほっときすぎたことが原因だな」

永井「一ヶ月くらいまえですよ? はじめて出したのは」

オグラ「いや、きみはもっと昔からだ。多分、幼少期」


 オグラの指摘は永井の無防備だったところを衝いた。幼少期という言葉が、その頃に体験した死についての記憶を呼び起こした。

 飼い始めてすぐに死んだ子犬。父と姉と別れて暮らし始めたときに飼い始めてすぐに死んだ子犬。 

 その亡骸を段ボール箱のなかにそっと入れ、妹といっしょに川辺まで歩いていってそこに埋葬したのだ。妹は泣いていた。永井も悲しくはあったが、死という現象、その存在について疑問に思う気持ちのほうが強かった。


 別、に……死な……なく、ても……。


 永井は考えていたことを声に出したのかと思ったが、そうだとしてもたどたどしい発声になるはずなく、だとしたらこの声はなんだと思い、背後の土手のほうを振り返った。

 そこに黒い幽霊がいたことを永井ははっきり思い出した。

 永井はふと、自分は、産まれたときにはすでに死んでいたのだろうかと思った。


中野「あっ! やばい!」
5398zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:03:16 ID:mxH()

 IBMがオグラに襲いかかった。振りかぶる腕を部屋に飛び込んできた下村のIBMがとめた。三角頭のIBMは左腕をバットのスイングのように振って永井のIBMの頭を砕き散らした。


下村「ふぅ」


 下村が安堵の息をもらした。オグラが永井にIBMの発現を命令したとき、下村はすぐに部屋の前までやってきて、待機していたのだ。


オグラ「ほっとけ! 五分十分で消える」


 間一髪で命を助けてもらったにもかかわらず、オグラの表情はうまくもなく不味くもないタバコを吸っているときとまったく変わらなかった。オグラは吸いおわったタバコを灰皿にひねり消し、あたらしい一本を取り出した。

 その平然とした態度に、下村は戸惑いとわずかに得体のしれなさを覚えざるをえなかった。たとえ亜人でも、命にたいしてここまで無意味に振る舞える者はそういないだろう。

 オグラは醒めきったニヒリストだった。命に対する虚無的な視線は生まれ備わったものであるかのようで、人間も白蟻も生きているという点では同じ命で、その生命のメカニズムに差異があるだけ。

 しかも複雑単純といったと差別化は願望であって本質をまったくついていない、オグラは態度で示しているようにみえた。

 理解しがたいのは、その無意味さの範疇に自分の命も含めていることだった。

 永井はそんなことも露知らず──というより関心を示さず──オグラの発言に驚きを示した。


永井「え?」

オグラ「あぁ?」

永井「いや……森のなかでいろいろ調べたときは、三十分もったこともありましたよ」


 オグラが眼をみはった。この男にも感情があることがはじめてわかった。その証拠は動作にも現れていた。火を点けようと持ち上げたライターを持つ手を途中でとめ、タバコを口に咥えたまま、オグラは永井に質問した。
5408zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:03:56 ID:mxH()

オグラ「連続で何体出せた?」

永井「五体。調子がよくて九体だったかな」

オグラ「ハハッ。異常だ」


 あっさり言ってのける永井に対して、さっきよりもおおきな驚愕がはっきり浮んだ。オグラの表情が好奇心に輝いている。


オグラ「異常なくらい、IBMが濃い」


 オグラは内心で高揚しながら言った。


永井「幽霊が、濃い?」

オグラ「“Invisible Black Matter”。もとは亜人の放出する黒い粒子を指す」

永井「佐藤さんもそんなこと言ってたな」


 永井は研究所で初めてIBMの発現を視認したときのことを思い出していった。そのとき佐藤は永井が放出していた黒い粒子の量にあきらかに戸惑っていた。黒い粒子は天井のほとんどを覆いつくさんばかりだった。

 眼の前で繰り広げれる会話に中野はついていけなかった。永井がひとりごち、会話が中断したところで、中野は自分の胸元を見やった。Tシャツが大きく破れて血だらけになっている。


中野「おい永井! 汚れたぞ!」

永井「ブルーカラーは慣れっこだろ」

中野「赤だろ!」


 真面目な抗議と不真面目な回答は漫才みたいだった。二人の受け答えを無気力に眺めながら、オグラはようやく二本目のタバコに火を点けた。


オグラ (五年十年でその濃度はあり得ない。いや、期間だけが問題じゃない。人間の自我・心の発育段階によっても変わってくる)


オグラ「きみはいつから亜人なんだ?」


 オグラは紫煙とともにぽつりとひとりごちだ。
5418zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:05:25 ID:mxH()

 オグラとの面会を終え、すこしのあいだスケジュールに暇ができた。とくにやることもなく、永井は用意された自室で身体を休めていた。

 永井は寝つきがいいほうだった。頭を枕にあずけ、意識を後頭部に向け、それから枕、ベッド、床へ、意識は地面を突き抜けて地下を掘って、やがて水脈へと辿り着く、そういう垂直に沈みこんでいくイメージを眼を閉じて想像すると、すやすやと寝入る。

 三十分の仮眠から眼覚め、永井は更衣室へとむかった。歩きながら、オグラから言われたことを思い返す。


永井「僕は佐藤さんたちより多くのIBMを出せるのか。作戦に組み込めるかな」


 永井はアナスタシアのことに考えを移した。

 アナスタシアは日に二回、IBMを発現できた。そのときは比較対象が自分しかなかったから、アナスタシアの発現回数が平均的なのか少ないほうなのかわからなかった。いまでは、通常IBMは日に一~二回しか発現できないとわかっている。

 永井はアナスタシアは戦力として充分機能すると考えた。とはいえ、いつ実行されるともわからない作戦へどうやって参加させるか……。

 永井は更衣室のドアを開けた。
5428zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:06:49 ID:mxH()

 正面に真鍋がいた。手に麻酔銃を持っている。いままさにまっすぐまえに構えようとしている。


永井『止まれ!』


 とっさに亜人の声をつかった。

 更衣室にいた黒服たちはまるで雷に打たれでもしたかのように動きを止めてしまった。黒服たちの表情は驚愕に固まっていて、唯一動ける中野の顔にも同じ驚愕が浮かんでいる。


永井「ん?」


 永井は訝った。もしかたしら、自分は早とちりをしたのかもしれない……


中野「おい永井!」


 中野は憤慨しながら永井を男子トイレまで引っ張っていくと、肩を掴んでいた右手をぶんと振り回し、永井を壁に投げつけ叫んだ。


中野「ちょっとおかしいんじゃねーのか!? 撃ち方教わってただけだろ!」


 タイルが貼られた壁に勢いよくぶつけた肩はかなり痛むはずだが、永井はかばうそぶりもみせず、鋭い射るような視線で中野を睨み付け、怒鳴り声を返した。


永井「おかしいのはおまえだ! 黒服と友達ごっこしてんじゃねえ!」

中野「はぁ!?」

永井「戦いになったとき邪魔だけはするなよ」
5438zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:08:02 ID:mxH()

 永井は声を低めたが、刺すような視線は相変わらずだった。永井はどうせ理解しがたいだろうがと思いながら、黒服と組むことのメリットについて説明をはじめた。


永井「あいつらのスキルのひとつは『ちゃんと死ねる』ってとこだ。これは僕らにあって佐藤にない。捨て駒として作戦に組み込めるかもしれないんだ」

中野「ふざけんな!」


 捨て駒という言葉を聞いた途端、中野は激昂した。瞬間的な怒りはすぐに悔しさにも似た感情に変わり、中野はすがるような声を絞りだし永井に問いかけていた。


中野「おまえ、人を大切に思ったりはしねーのかよ……」

永井「ない」


 永井は冷酷に言い捨てた。

 中野は顔をあげ、きっと睨み付けると、さっきよりはるかに強い口調で問い詰めた。


中野「じゃあニュースでいってたあの人は!? おまえの逃走を手伝ってくれた友達はどうなんだよ!」


 永井は言葉につまった。海斗のことを訊かれるとは思っていなかった。友達のことは胸の奥にしまいこんでいたから、だれにも、とりわけ中野にそのことを衝かれるとは考えてなかったのだ。

 永井は一瞬眼を伏せ、そして視線をもとに戻し、いった。


永井「いらないよ、もう」


 その声は感情の混じりがないフラットな響きだった。
5448zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:08:45 ID:mxH()

永井「平時なら別。だがこんな状況になっちゃあ、何の役にもたたない。何かするメリットもない」


 永井は自分の声がだんだん冷え込んであくのを感じた。話を聞く中野も永井の声と同様に感情が冷え込み、無表情になっていた。


永井「どんどんクッキリしてく。余分な感情は状況を悪化させる。情にすがったって窮地は好転しない。ほんとうは、昔からわかってたさ」


 永井はこれまでずっと必要であればそうしてきたように、感情を切り分けて、言った。


永井「心に流されれば身を滅ぼす」


 中野はもう無表情ではなかった。眉を寄せ、永井を怒りを込めて睨んでいた。はっきりと嫌悪の表情を浮かべていた。そしてそれは永井も同様だった。


中野「クズが」

永井「バカが」


 永井も中野も互いにを軽蔑し、罵りあった。

 トイレの中は灯りがついていて明るかった。縦に長い四角いドアのない入口から薄暗い廊下に黄色い光がはみ出している。光のすぐ側に平沢が立っていた。ジャケットの前を開け、片手をズボンのポケットに突っ込んだ姿勢で、平沢は二人の対立を耳にしていた。

 平沢は止めにはいるでもなく、なにかを考えているかのように佇みながら、光に淡く照らされていた。


ーー
ーー
ーー
5458zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:09:37 ID:mxH()

 一夜が明け、今日もオグラはマイルドセブンFKを吸っていた。

 昨夜は大雨が降り、あたり一面をすっかり湿らせ、屋外の喫煙スペースの庇に覆われていないコンクリートの部分は日差しに照らされているいまも黒いままだった。

 雲が多く風が強い、太陽の光も弱い。太平洋側の高気圧が南に去り、北から寒気が南下してくるので、天気予報では明日もまた雨になると言っていた。台風の季節だ。

 オグラは雨に匂いがする大気にタバコの煙を吐き出した。白い煙が漂い、溶けていくようになくなった。


永井「オグラさん、ちょっといいですか?」


 永井がベンチに座って火を点けたばかりのFKを吸っているオグラに呼びかけた。オグラは永井に振り向きもせず、言った。


オグラ「タバコはやらんぞ」

永井「いりませんよ」

オグラ「こいつはおれのテロメアだ」

永井「ああそうですか」


 灰皿をあいだに挟むかたちで永井はもうひとつのベンチに腰かけた。
5468zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:10:15 ID:mxH()

永井「昨日いってた僕のIBMの話」


 まだ警戒を解いていないのか、そっぽを向いてタバコを吸い続けているオグラに永井は話を切り出した。


永井「あれは自走する理由であって、むやみに暴力を振るう理由の説明にはなってません。暴れるのをどうにかしないと、たくさん出せても役に立たない。なにが原因ですか?」

オグラ「男の子が向かいのおばさんにデブと言った」


 またも突拍子ない返答。永井は呆れ顔になった。が、次の言葉を聞き、真面目な顔つきを示した。


オグラ「だが悪い子じゃない。母親のよく言う陰口を真似してたんだ。農家の亜人の例でわかる通り、自律したIBMの挙動は飼い主の性質に起因する。たとえばきみが人間嫌いだったとしよう。そういったことがIBMを暴力行動に走らせる」


 オグラがタバコの灰を落とすあいだ、話が中断した。指で挟んだタバコを灰皿の縁でとんとん叩くと、オグラは口許にタバコを持っていき、結論を言った。


オグラ「IBMを変えたければ、きみ自身を変えることだ」
5478zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:10:49 ID:mxH()

 タバコの煙が白く上昇する様子が喫煙所の影になっているところでははっきり見えたが、白く漂う流れは光のなかに広がるとまったく見えなくなってしまった。

 永井は明るい場所から眼をそらし、自分がやってきたほうへ首を向け、オグラからそっぽを向くようなかたちで言った。


永井「人は変わらない」

オグラ「まあな」


 喫煙所に真鍋とひとりの黒服が連れだってやって来た。真鍋は永井と眼が合うと、立ち止まり、呼びかけた。


真鍋「永井、戸崎さんが呼んでる」

永井「あ、はい」


 真鍋はそこにとどまり、永井から眼を逸らさなかった。すれ違うとき、真鍋が耳栓をしていることを永井は見てとった。おそらくもうひとりのほうも同様だろう。


永井「ハッ」


 永井はかすかに自嘲の滲んだ声を洩らした。真鍋たちはすぐに動かず、距離を保ちながら永井の後を追った。
5488zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:11:47 ID:mxH()

 作戦会議に使われる休憩室のドアを開けると、そこには永井たち四人を除く全員がすでに集合していた。

 部屋はそれほど広くなく、四角いテーブルが二列になって等間隔に三台並べられていて、テーブルにつき椅子がおおよそ四脚あったが、入口から見て右側の壁、戸崎が立っているほうの壁に近いテーブルには二脚と一脚しかなかった。

 戸崎の右手にある二脚のテーブルには中野と下村がいて、雑談している。

 真鍋たちが部屋に入ってきた。二人は先にいた平沢たちのほうへ歩いていく。

 平沢と最も年が若いであろう黒服の男は、戸崎と向かい合うかたちで壁に背をつけ立ったままでいて、合流した真鍋たちも同様の姿勢をとり、黒服たちは部屋全体を見渡せる位置についた。

 永井は何も言わず、前列の椅子が一脚しかないテーブルについた。中野を伺ってみる。あきらかに弛んでいる。何も分かっていない様子だったが、永井は苛立たなかった。ただ、気楽でいいなと思っただけだった。

 全員が位置についたことを認めると、戸崎が資料を配った。
5498zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:12:25 ID:mxH()

戸崎「暗殺リストの残りは七名、敵はこのどこかに必ず現れる」


 全員が資料をぱらぱらとめくっているのを確認すると、戸崎は一同を見渡して、言った。


戸崎「つまり待ち伏せが得策だ。誰のところでするかだが……」

中野「戸崎さんでいいじゃん」

永井「そうだな。死んでくれればすっきりするし」

戸崎「だまれ永井」


 戸崎は壁に張り付けていた資料から永井に視線を移し、これ以上たわ言を言わないようにぴしゃりと言った。永井は気にもとめず、ペンからキャップを外した。


戸崎「残念だが、私はベストじゃない」


 気を取り直し、戸崎は話を続けた。


戸崎「違法な作戦を展開するんだ。警察やマスコミの目の届かないフィールドが必要になる。適したフィールドをでっち上げ、私を囮にしてもいいが、不自然だ。敵に動きを悟られたくない」

永井「なるほどね」


 この理屈に永井は納得した。ほかの者も戸崎に同意している空気を出した。


戸崎「条件にあうターゲットは選んである」
5508zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:13:08 ID:mxH()

 戸崎は壁にピン止めしてある写真に眼を移して言った。二枚の写真は証明写真に使われるような肩から上を写した顔写真で、男性と女性のものだった。

 男性の方は三十代なかば、濃くて艶のある黒髪を後ろに撫で付けている、自信に溢れた微笑み、自分を生まれながらの上等な人間だと思っている、上向く唇の弧が目についた。

 女性のほうはいくらか年が若いように見え、おそらく二十代後半、シュッとした柳眉、美人だが規律を順守する厳めしい印象を与える顔つき、天然の薄い色の茶髪をシニョンでまとめている。


戸崎「フォージ安全社長甲斐敬一、社長秘書李奈緒美。この二名だ」



 配られた資料はフォージ安全のホームページをプリントアウトしたもので、社の概要や屋内の経路の様子がわかった。

 戸崎が部屋にいる全員が資料に眼を落とすのを眺めながら言った。


戸崎「フォージ安全ビル、頑丈な壁、五階より上は全窓ミラーガラス。悪さするにはうってつけだ。またこの会社は一般的には保護具メーカーとして知られるが、セキュリティサービス業者としての側面も持ち人員の増加も期待できる」 

中野「また飛行機落とされたら?」

戸崎「全国的な警備強化であんな派手なことはもうできない」

永井「ああそれに佐藤は“戦いたがり”だからな」


 永井はペンを動かしながら言った。中野はいまいち永井の発言の要領をつかめないようだったが、他の者たちはどういう意味か理解していた。
5518zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:13:42 ID:mxH()

 あのテロでの佐藤の真の目的はグラント製薬の壊滅ではなく、SATとの戦闘だったということ。旅客機の墜落はメッセージであり、二度繰り返す必要はないということ。

 戸崎の胸中に疑惑が生まれた。SATの配備は極秘だった。だが、佐藤はそのことを知っていた。どこからか情報が漏れたのだ。警察からか、それとも亜人管理委員会からか。


戸崎「時間はない。フォージ安全とは早急かつ個人的にアポをとっておく」


 戸崎はひとまず疑惑を封印することにした。


戸崎「フィールドは決まった。あとはどう戦うかだ」

永井「亜人は三人、数では敵に劣るけど地の利はこっちにあるわけか」


 永井は見取り図に眼を落としながらぼそっと言った。


中野「三人? 泉さんなんか使えねーだろ」


 永井のつぶやきを聞きつけた中野が強い口調で異議を唱えた。下村がむっとした表情をつくった。言われた永井は不思議そうに問題はなんなのか聞いてみた。
5528zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:14:46 ID:mxH()

永井「どんな不備が?」

中野「こんな危ないこと女性にさせられるかよ!」

永井「運動会やってんじゃねーんだぞ! 子供だろうが老人だろうが、使えるものは使う!」

下村「中野くん、うれしいけど迷惑だよ。わたしは仕事をサボる気なんてない」

中野「……んー」

永井「当然だろ」


 永井は見取り図に眼を戻し、ペンの動きを再開した。戸崎は頭を抱え、ため息をついた。中野はすこしふてくされていたが、反省した態度を見せた。下村は中野に微笑みかけ、ふたたび穏やかな雰囲気の会話をした。

 平沢は永井がふたりに一瞬視線を向けたのに気がついた。


戸崎「とりあえず十分休憩だ。私は返さなければならない仕事のメールがある」


 そう告げたとき、戸崎はペンが机に置かれる耳にした。音がしたほうに視線を向けると、そこに眼が引き付けられた。

 永井は人差し指でペンを転がしながら、考え深そうに見取り図を見つめていた。

 数多くの書き込み、部屋や通路を表す直線の上にも文字が書き付けられ、敵の侵入脱出経路の予想、各階の設備がどのように利用可能か、こちらの要員をどのように配置すれば優位になるか、検討と思考の重ねたペンの運動の跡がそこにあった。

 戸崎は数秒間そこに眼をとめ、それからドアを抜け部屋から出ていった。


ーー
ーー
ーー
5538zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:15:21 ID:mxH()

オグラ「これが、両手に花ってやつだ」


 まだ夏を引きずっている白く輝く太陽から降り注ぐ陽光を浴びながらオグラは言った。背後では下村のIBMが影のように左右に立ち、あやとりの紐を指に通している。


オグラ「だが、二股はしんどい。どちらかとのセックスは淡白になる」

永井「つまり?」


 永井はうんざりしながら訊いた。下村も同様にうんざりし、中野はそりゃそうだとひとり納得している。


オグラ「IBMは同時に出せる。だが司令塔はひとつしかない」


 下村のIBMが二体同時にあやとりをはじめた。永井から見て右のIBMは器用に二段はしごを作ったが、左のほうはぜんぜん上手くなく、不器用に紐を絡ませている。


オグラ「一体ずつ使ったほうが有意義ってことだ」
5548zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:16:03 ID:mxH()

 言ってから、オグラは永井に視線を向けた。


オグラ「しかし、きみの場合は事情が異なる」

永井「自走するから?」

オグラ「そうだ。しかも発現限度数は最大で九体。フラッド現象にも匹敵する」


 “氾濫”を意味するその現象に聞き覚えはなかった。


オグラ「異常な感情の高まりと復活が重なったとき、“ごくごく稀”に起こる現象だ。このふたつが重なり相乗効果を生み、特別な精神状態に到達することがある。そのとき、文字通り“氾濫”するんだ」

永井「氾濫って、IBMがですか?」


 オグラは永井に応えず、タバコを咥えるとゆっくり味わってから煙を吐き出した。光と煙がいっしょになるまでオグラは何も言わなかったから、永井には時間がひどく緩慢に過ぎているように思えた。


オグラ「あるオランダ人金メダリストの話をしよう」
5558zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:16:37 ID:mxH()

 やっとのことでオグラが口を開いたが、切断された話は全然関係ないところに繋げられた、中野は何の話だというような顔で永井を見たし、下村も困っている、永井は諦めを感じつつも口を挟まずにはいられない。


永井「要点だけ言ってくれません?」

オグラ「彼はスピードスケートの選手で、そして亜人だ」


 思わぬ軌道を描いて話は本筋に戻ったようだが、オグラの話し方は永井の要望が聞き届けられたようには全然聞こえなかった。


オグラ「ゴール直後、彼は転倒し死亡した。周りは気づかなかったがね。そのときだ、勝利の喜びと復活が重なり、フラッドが発現した」

オグラ「リンク上に十~十五体のIBMが出現し、消失するまでの約五分間、歓喜し続けた。焦った当人がIBMたちに退場するよう命じたにもかかわらずだ」

オグラ「これが何を意味するか。フラッドで作り出されたIBMは、発現の発端となったシンプルな感情に従い行動し続ける。まさに氾濫状態、コントロール不能」

中野「いまとそんな変わんねえじゃん」

永井「だまれ中野」
5568zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:17:33 ID:mxH()

 中野が口を挟んだおかげで閑話休題となり、今度はIBMを使った実戦形式の訓練となった。

 IBMを発現できる永井と下村が撃ち合いをするみたいに距離をとって向き合い、同時にIBMを発現する。

 永井のIBMは生まれ持った敵意と凶暴性を全身にみなぎらせ下村へ突進していった。待ち構えていた下村のIBMが鋭い手刀を瓜を叩き割る鉈の一撃のように頭部に叩き込んだ。

 頭を失ったIBMは膝をストンと地面に落としたが、それでもまだ最期のあがきを残しているような気がしてその身体が完全に消失するまで下村は気が抜けなかった。

 永井のほうは、まったくもって衝動的な自分の分身に嫌気がさしていた。分身であるだけに、中野の頭の悪さとはまた違った憎々しさを感じている。

 もっと狡猾であればいいのに、と永井は思った。ジャック・ロンドンの小説に出てくる狼と犬との私生児、悪魔のような合いの子みたいに。


オグラ「IBMを消失させる手段はふたつある。収束を待つか、頭部へのIBMによる打撃だ」


 草の上にタバコの灰を落としながらオグラが言った。
5578zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:19:47 ID:mxH()

オグラ「人間が三十七兆個の細胞の寄せ集めなようにこいつらも粒子の集合体にすぎない。隣り合うIBM粒子同士が特殊な化学結合で結びつき、肉体を形作っている。
 これは分断程度の別離では断ち切れない。お互いを引っ張りあい再結合する。だが、IBM同士が強く衝突した場合、異なる情報を持つ粒子が混ざりあってしまう。
 混線状態だ。再結合するべき粒子と連絡がとれなくなり、結果、お互い散り散りに。よって相殺する」


 下村のIBMが消失し発現できる限度を迎えたので、オグラの講座は終了となった。オグラは新しいタバコに火を点けながら、“なりかけ”のことを言い忘れていた、まあいい、また今度だ、などとぶつくさ言いながら去っていった。

 永井と中野にはまた別の訓練が待っていた。

 今度の講師は黒服のふたりで、永井はこのふたりの名前を知らなかったし、黒服のほうも名乗らなかった。

 九月とはいえまだ暑さも残っているのに、ふたりともスーツ姿だった。年の若いほう(おそらく三十代、戸崎と同年代)は黒いジャケットの下にワイシャツを着ていて一番上のボタンを外していた。ネクタイはしておらず、そのおかげかわりと涼しげで汗ひとつかいていない。

 もうひとり、艶のある黒髪をオールバックにした四十代とみられる男は同じジャケットの下に深い赤茶色のTシャツをのぞかせていて、襟のところをを黒く湿らせていた。
5588zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:21:45 ID:mxH()

 草の上にボックス型のガンケースがふたつ置かれていて、波形の表面が鈍い銀色の光を反射させている。

 彼らはケースから拳銃を取り出し、弾倉を装填してからスライドを引いた。ホテルの裏口からタイルを敷いた散歩用の小道が延びていて、小道の向こうに的になる看板があった。

 若い黒服が拳銃を構え、引き金を引いた。パン、パン、パン、と小気味良いリズムで看板に穴が空いていく。


黒服1「敵は武装している。これくらいの銃器の使い方は覚えておいて損はないだろう」


 若い黒服が弾痕がある箇所を確認しながら言った。弾は撃ち尽くしていて、すべて急所があるところを貫通していた。


黒服1「まず持ってみろ。次に……」


 黒服がレクチャーするまえに永井はヘッドホン型のイヤーマフをつけ、さっき黒服が行った動作をそっくり模倣した。パン、パン、パン、と引き金を引く速さも同じだった。

 ただ手に伝わる反動と慣れないために片眼を瞑ってしまったことによって、──北さんを撃ったときは暗闇だったし、顎の下に銃口を当てていたので眼を瞑っていても問題はなかった──発砲音より弾痕の数は少なくなってしまった。
5598zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:24:32 ID:mxH()

永井「一発はずした」


 永井は左手の人差し指をフレームの上に置くと、銃口をすこし下げ地面に向けた。すでに手慣れた手つきでマガジンをリリースする。その様子を驚きながら見ていた黒服がみじかく笑った。


中野「え!? 連射ボタンねえの?」


 森から聴こえるツクツクボウシの鳴き声を割るように中野が声をあげた。中野を指導している黒服は半分呆れ、もう半分は笑いながら


黒服2「うるせえ! いいからまず見てろ」


 と言った。

 永井は黒服が替えのマガジンを持って声をかけるまでそのやりとりを眼を向けて見ていた。

 引き金を引く前に、黒服からフォームについて指導された。右腕をまっすぐ伸ばし、左腕をすこしだけ曲げる。足の開きかたや重心の置き方なども指摘され、永井は黙ってそれに従った。

 冷静に引き金を引き続ける永井の横で、おそるおそる拳銃を持ち、おっかなびっくり引き金を引く中野に黒服が仕方のないやつだとでもいうような視線を注いでいる。

 トレーニングは二時間ほどつづき、きわめてシステマティックな指導を受け的確に反応する永井とは対照的に、中野は黒服と掛け合い、逐一指摘されながら面倒を見られていた。

 日が傾いてきたころにトレーニングが終わった。手が痺れてあかくなっているところを親指で押さえながら黒服たちに訴える中野をよそに、手をぐっぐっと明け閉めしながら永井はひとりホテルへと戻っていった。


ーー
ーー
ーー
5608zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:26:18 ID:mxH()
 夜食を摂り、食後の作戦会議も終わった。戸崎はフォージ安全での作戦展開の許可をとったことを告げ、より詳しい施設の情報を開示した。それによって実行可能なプランが絞られ、それぞれのプランの具体的な検討に入っていった。

 永井はそれらを聞きながら、ビルの十階にある、とある設備にひとり注目していた。

 会議が終わり、就寝するまで各々が必要なルーティンをこなす時間ができた。戸崎と下村は厚労省の仕事をしていた。オグラは煙草を吸い、中野はテレビを見て笑っていた。

 装備の点検を終えたあと、若い黒服はフェルナンド・ペソアを読み、年嵩の黒服はシャワーを浴びたあと、国外の治安情勢をネットニュースで調べていた。平沢と真鍋は缶ビールを開け、てきとうにおしゃべりしていた。

 数缶開け、就寝のためそれぞれの部屋に戻る前に、真鍋はトイレに立ち寄った。消灯された廊下はすっかり暗い。


永井「あの」


 トイレから出てきた瞬間、背後から声をかけられた。真鍋は素早く身を翻すと、腰のホルスターた差してあった麻酔銃を手に取った。

 永井が驚いた表情のまま固まっていた。
5618zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:27:27 ID:mxH()

真鍋「……永井、なんか用か?」


 永井は応えず、真鍋が背中に隠している右手があるところに視線を向けた。ふたりとも黙ったまま何秒か過ぎた。


永井「別に、あとでいいです」


 そう言うと、永井は背中を向け去っていった。一歩進むごとに身体の線は暗闇にのまれ、見えにくくなっていった。
 
 真鍋は永井が廊下の角を曲がり、その姿が完全に見えなくなるまでその場に立ち、麻酔銃を握ったまま、その後ろ姿を見送った。


ーー
ーー
ーー
5628zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:28:18 ID:mxH()

 気温は二十度をすこし上回るくらいで、昼時に比べるとずいぶん涼しくなっていた。おまけに夜風がおだやかに森を吹き抜けていたので、木々の心地よいざわめきが起こり、秋虫の鳴き声と重なって調べをつくっていた。

 永井は低い石垣に腰掛け、ひとり考えにふけっている。

 月の光は葉の上側だけを照らしていたから、永井のいるところには細い光線が幾条か射し込んでいるだけだったが、樹木から吊るしたLEDランタンが蜂蜜のように黄色く透明な灯りで明るい場所をつくり、
座った目線にちょうどいい位置にピンで木に留められた資料の細かい文字まで読めるよう照らしだしていた。

 皮膚や眼や鼓膜にやわらかく触れる、包み込むかのようなこの環境を永井も感じていたが思考に追われ、風と光に身を任せるほど意識にのぼってきてはいなかった。
5638zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:30:14 ID:mxH()

 佐藤要撃のためのプランは詰めの段階まできていた。戸崎がより詳細な現地設備の情報を持ってきたことから、亜人に対して有効な要撃プランを作ることができた。あとは実際の現場を見て、細かい点を修正していけばいい。永井はそう考えていた。

 要撃のメインとなるのは黒服たち、やつらをどのようにして動かせばいいか、戦闘経験を積んでいるから簡単には僕の指示に従わないだろう、いや、プランの有効性を示せば動くか?
 
 すくなくともやつらはプロだから感情で判断しない、だが内部の感情をすべて殺しきることはできない、問題はその度合いだ、心理の問題、問題はいつだってそれだ。


平沢「永井」


 呼び掛けれ、永井は顔をあげた。平沢が永井を見下ろしていた。いつものようにスーツの前を開けて、立っていた。照らされているところと夜のところのあわいのところだった。


永井「えーと……平沢さん、でしたっけ?」

平沢「真鍋から聞いたが、なにか用でもあったのか」


 永井はすぐに応えず、視線を平沢から正面に戻し、自分ひとりで考え事をしているといいたげな態度で言った。


永井「いや別に。体重や身長のデータとかもあったほうがいいかもと思っただけです。でもなくても全然大丈夫なんで」


 平沢は眼を合わさない永井の横顔を見つめながら、訊いた。
5648zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:30:51 ID:mxH()

平沢「おまえ、寂しいのか?」

永井「はあ!?」


 思ってもみなかったことをいきなり聞かれ、永井は素っ頓狂を声をあげた。平沢はとくに反応を示さず、永井から人ひとり分ほど距離をとって石垣に腰を下ろした。平沢は上半身を永井のほうに傾けると、話を続けた。


平沢「他人の心を一切汲まない自分の言動を本当に正しいのかと迷ってる、かわるべきなんじゃ、と」

永井「それはないね」


 永井はまたも正面を向いた姿勢のまま即答した。


永井「僕はめちゃくちゃなことなんかひとつも言ってない。合理的に判断を下すだけだ。変わる必要性がどこにあるんだよ」


 喋っているうちに口調が強くなっていき、最後にはほとんど叩きつけるようになっていた。

 食ってかかる響きのこもった永井の言葉を聞いても平沢は態度を変えなかった。平沢はともすれば興味がないと思えるほどあっさりと永井に応えを返した。


平沢「ああ、その通りだ」


 永井の眼と口が開いた。
5658zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:31:48 ID:mxH()

平沢「中野ってやつは、他人の信頼を得るのがうまい。同じ教室にいたらあいつはヒーローで、おまえはただの嫌なやつだろう」

平沢「だが、ここは学校じゃない。ここじゃあ、倫理や感情を断ち切る圧倒的な決断が必ず必要になる。本当だ。おまえはそれができる」

平沢「信頼関係を築くことももちろん役に立つが、それはおまえの仕事じゃない」

平沢「おまえはそれでいい」

永井「……だから、わかってるって」


 永井は、自分でもなぜかわからないがそっぽを向いてしまった。


平沢「そうか。なら、おれの勘違いだ」


 平沢が腰をあげ、立ち去ろうとした。拡大された影が回り込むように揺らめいた。鈴虫のいる草を踏む足音、蛾がランタンにぶつかる音、蛾は光源の発光ダイオードを求めて何度もぶつかった、コッコッ、リリリ、カサカサ。


永井「父は優秀な外科医だった。どんな患者にも親身なれて、退院した人から毎年手紙が届くくらいだ」

永井「それこそが、最大の欠点」


 永井は不意に語り始めた。平沢は立ち止まった。永井の語り口は燠火の前で語られる独白のようだ、

 平沢は振り向かず話を聴いた。助かる術のない患者、ドナーはいない、臓器売買に手を出し、結果すべてをうしなう。感情を優先させた結果。他人の死を受け入れなかった結果。
5668zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:33:05 ID:mxH()

永井「同じ失敗はしない。僕はバカじゃないから」


 力のこもった、決然とした口調だった。


平沢「頭の出来は年功序列じゃない。好き勝手ふるまえ。おれはプラン通り動くだけだ」


 それだけ言い残し平沢は去っていった。永井は視線だけで平沢の背中を見送ると、正面の茫洋とした黒い闇に眼をもどした。

 見るかぎり、そこに永井の内面をざわつかせるものはなにもなかった。

 永井は背中をまるめふたたび思案をめぐらした。

 今度ははっきりと佐藤の顔を思い浮かべながら。

ーー
ーー
ーー
5678zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:33:55 ID:mxH()

戸崎「これが意見をまとめ作成した対佐藤の作戦要項だ。全員がしっかり頭に入れておくこと」


 戸崎がクリップで留められた資料を人数分配って言った。資料を捲る面々の様子を視線で見回ると、中野が中学生が背伸びして晦渋な文章を読むときのようにページを睨んでいる。


戸崎「中野、きみは特にだ」

中野「ここなんて読むの?」

下村「ん? 進攻」


 自分の力で読み進めることをあっさり諦めた中野は、隣に座る下村に単語の読み方を聞いた。

 戸崎は自分の名前に使われている漢字が読めない中野に絶句していた。

 永井は作戦要項の内容にどれだけ自分の意見が採用されたか確認しようと資料をするどく注視していたが、黒服たちがページをめくり、紙が擦れる音がかすかに耳に届いた。

 真鍋が眼を留め、固定されたかのように頭の位置が動かなくなった。


真鍋「三ページ目……こんなことおれらにやれってのか」


 真鍋はぼそりと、部屋全体に行き渡る声で言った。


真鍋「ここおまえの案だろ、永井」

永井「だから?」


 永井は無感情な声で問い返した。

 真鍋はふっと気の抜けたようにちいさく笑った。


真鍋「おもしれえじゃねえか」


 永井は眼でそれに応じた。眼にはかすかに自信をのぞいていた。


ーー
ーー
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5688zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:34:32 ID:mxH()

 メールを送信しスマートフォンをポケットにしまうと、永井は掌を上に向けた。掌に意識を向けると黒い粒子が立ち昇ってきた。粒子は一条の狼煙となって夜の空の星たちのあいだを通過して、宇宙の一部になっていくように見えた。

 黒い粒子は一定の間隔で上昇していた。粒子は夜の暗さから独立していて、永井の視力が許すかぎりその上昇はどこまでも確認することができた。


中野「おい!」


 突然、中野が呼び掛けてきた。


永井「なんだよ」


 永井は忌々しそうな視線を中野に投げかけて、いった。


中野「おまえさあ……」


 中野はそこでまばたきして、真剣そうに細めていた眼をもとに戻した。


中野「いい感じの死に方知らない?」


 永井は眼をみはった。だが、すぐに中野が言いたかったことに気づいた。


永井「ああ、オグラさんが言ってたやつか」
5698zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:35:33 ID:mxH()

永井がオグラにIBMを披露した際、中野は自身の問題について──IBMの発現ができない──オグラに質問していた。


オグラ「IBMを出せるようになる方法? ないな、おれの知るかぎり」

中野「そこをなんとか」

オグラ「値引きの交渉じゃねえんだぞ」


 オグラはタバコのパッケージを指でトントン叩いた。


オグラ「IBM発現は、いわば運だ。亜人のIBM粒子は復活時最も濃度が高くなる。そのとき、なにか特別な作用が起こることがある。トンネル効果と言ってもいい。そうすると、IBMが出せるようになる」


 タバコを咥え、ライターを探しながらオグラはとりあえずの結論を口にした。


オグラ「方法があるとすれば、とにかく死にまくることだな」

中野「えー? 結構死んでるけどな」

オグラ「何十回何百回引かなきゃあ、ハワイ旅行は当たらんよ」


 オグラの仮説を踏まえ、永井は中野が“死にまくる”道具を用意した。
5708zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:36:38 ID:mxH()

 ロープの端を結んで輪を作り、首に掛けられる大きさまで広げると、輪になった方とは反対の端を太い幹から伸びた腕三本分はある頭上の枝に掛けた。永井はぎゅっと引きロープを固定した。

 これで、縛り首の準備が整った。


永井「これなら低コストでかつオートマチックに何度も死ねる。寝てても大丈夫だ」


 ロープを見上げながら永井が平然とした調子で言った。中野はざらつきがある輪っかがランプに照らされ夜のなかに浮かんでいる様子を不吉そうに眺めている。

 永井は中野を横目でちらっと見ると、怯えて躊躇していると感じられた。永井はさっきと同じ調子で、こんどは中野を見ながら気づかうように言った。


永井「なにより苦痛がない。バランスよく二本の動脈が絞められすぐに意識を失う」


 永井の言葉を聞いた中野は、唇を噛んで深く息を吸うとふぅーっと息を吐き、前に進んだ。


中野「やるか……!」

永井「怖がることないだろ」


 椅子に足をのせ輪に両手をかけたまま、中野はまだ躊躇していた。永井はその様子を見上げながら、ふと思ったことを口にした。


永井「そういやおまえって、最初なにで死んだの?」

中野「んー……孤独死?」

永井「それは死因じゃねーよ」


 永井は心のなかでツッコんだ。
5718zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:37:29 ID:mxH()

中野「なあ、永井」


 中野はちらっと永井のほうを向いて言った。


中野「おまえ、よくあんな躊躇なく何度も死ねるよな」

永井「おまえもやってるだろ」

中野「おれはいつだって怖い。だって、もしかしたらだぜ? 次は生き返んねーかもしんねーじゃん」


 中野が自嘲ぎみにそう言うと、永井は記憶の片隅にあったとある情報を伝えた。


永井「うわさ程度のソースだけど、中国の亜人で二千回死んだって記録があるらしいぞ、いまも更新中だとか」

中野「よくやるなあ」

永井「なんだってやるさ」


 中野が数字の大きさに呆れぎみになっていると、永井は即座にこう応えた。


永井「じゃなきゃ先には進めないんだ。怖がる必要性がない」

中野「おまえ凄えな」


 永井は何だかばつが悪くなったような顔をして言葉につまった。中野がまた深呼吸し、輪を握る両手に力を込めた。


永井「いいから、早く死ねよ」


 永井はなにかを誤魔化すようにそう言い捨てた。中野は小さな声で「よし」と呟き、椅子を蹴った。


ーー
ーー
ーー
5728zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:38:15 ID:mxH()

 ロシア語のメールを見たとき、アナスタシアは奇妙に思った。考えてみたらロシアにいたときは携帯電話やパソコンは持ってなかったので、こうしてキリル文字の文面を読むのはずいぶん久しぶりだった。

 文章は簡潔だったが、そのぶん明瞭で文法上の謝りはなかった。

 アナスタシアははじめは流し読みした。それから、なかば信じられない気持ちでメールを声に出しながら熟読した。

 メールは永井から送られたものだった。

 佐藤要撃について。役割は正体を気づかれることなく要撃地点に進入し、待機要員として不測の事態に備えること。IBMの使用が前提となる。と、メールには書かれていた。

 ロシア語の文章の下にリンクが貼ってあり、タッチするとページが表示された。このページもロシア語だ。

 リンク先のページではモールス信号の解説がわかりやすく書かれていた。アナスタシアは念入りに頭から終わりまで三回通して読み、これなら大丈夫だという確信を得てから返信した。
5738zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:39:50 ID:mxH()

 永井からの返信はすぐだった。返信メールには画像が添付されていた。

 スマートフォンのカメラで撮影したとおぼしきその画像には、一枚のルーズリーフが写っていた。モールス符号を視覚的に表したキリル文字の一覧表がルーズリーフに記入してある。ふたたびメールの着信。ロシア語で、北西の方角を見ろという指示があった。

 窓を開け顔を出して指示された方角に眼を向ける。まず見えたのは女子寮を囲う塀、塀の向こうにはオレンジ色の街灯と街路樹がある。車の黄色いヘッドライトの移動が見え、夜の暗闇に染められたビルの壁面を一瞬照らす。

 空には紫色をした雲がひとつあり、鉛筆で描いたように月の下部に横たわっている。星の瞬きは数えられる程度。空の大部分は宇宙に飲み込まれつつあるかのように真っ黒だった。

 そのような背景にも関わらず、黒い粒子が上昇する様子をアナスタシアはしっかり見てとることができた。

 符号表と顔を付き合わせながら、空を見上げ、また符号表に顔を戻す。粒子は辛抱強く一定の間隔で昇り続けている。一時間近く経って、アナスタシアはようやくメッセージの内容を把握した。

 佐藤要撃における囮役となるターゲット二名の名前、要撃の舞台となるフォージ安全の簡単な概要とビルの構造、実行の時期は未定、作戦の詳細は追って報告する、と粒子は告げていた。
5748zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:52:48 ID:mxH()

 アナスタシアはメールを送ろうとしたが考え直し、了解の旨を黒い粒子で伝えることにした。窓から手を伸ばし、粒子を放出する。

 アナスタシアは舞い落ちる雪片を眺めるように、空に上がる粒子を見上げていた。 

 視線を戻すと、北西の粒子が昇るの止めていた。アナスタシアは手を引っ込めようとしたが、思いとどまり、手を真っ直ぐ伸ばすと、ふたたび黒い粒子の放出を始めた。

 おやすみ、とアナスタシアは永井に告げた。永井からの返事はなかった。

 アナスタシアはふてくされながらベッドに戻ると、夏用の掛け布団から腕を出して眼を閉じた。すぐには眠れなかった。心臓が早っていた。

 これは恐怖なんかじゃない、アナスタシアは自分にそう言い聞かせ、ぎゅっと閉じた瞼に力を入れた。


アナスタシア「ニ プーハ ニ ペラー」


 アナスタシアは願掛けの言葉をちいさく発した。「獣も鳥も獲れませんように」という意味の言葉。

 ロシアでは成功を祈る言葉を口にすると、すぐそばに潜む悪霊が成功の邪魔をすると言われている。だからあえて失敗を口にして、悪霊を欺くのだ。

 古い迷信で、アナスタシアもこの願掛けを実際に口にしたことは祖母に教えられたとき以来だった。

 いま、猟の失敗を祈願するこの言葉を唱えたアナスタシアは、心のなかでこう思った。

 どうか、悪霊がわたしが思っているより賢いことがありませんように。わたしの心のなかまで見透かすことがありませんように。わたしの恐怖を見透かすことがありませんように。
 


ーー
ーー
ーー
5758zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:53:43 ID:mxH()

 田中がアジトの通路を進んでいると、棒立ちしている佐藤のIBMに出くわした。ちょうど報告のために佐藤を探していた田中はIBMに呼びかた。が、すぐにこの前言っていたことを思い出し、あげかけた手を引っ込めた。


田中「あれか、放任中か」


 田中はIBMをそこに残し、佐藤を探しにさらに通路を進んだ。

 休憩室代わりに使っている一室に佐藤はいた。明かりを点けず、暗い部屋を照らしているのはテレビモニターの眼に刺すようなチカチカした光だけだった。

 佐藤はキャスター付きの椅子に腰かけながら、コントローラーを手に持ち、FPSシューティングゲームを惰性でプレイしていた。


田中「佐藤さん、五人目片付きましたよ」


 田中は佐藤の後ろを通りすぎると、スチール製のオフィスキャビネットに四隅をセロテープで貼られた暗殺リストから、理鳥 守琴の名前を消した。


田中「次は誰にします?」
5768zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:54:18 ID:mxH()

 ペンにキャップをし、田中は頬についた血を拭いもせず、佐藤に訊いた。佐藤はゲームをポーズ状態にして、ボタンから指を離した。そして、節々から力を抜きながら、佐藤はいった。


佐藤「三人くらいにしとけばよかったなあ」

田中「は?」


 田中は驚き、佐藤に首を向けた。


佐藤「SAT以降、これといった工夫もしてこないし……十一人は多すぎたよ」


 佐藤は何百回もプレイし、攻略し尽くしたゲームのポーズ画面を見ながら、はっきりと不満を口にした。


佐藤「飽きちゃった」

田中「でも……実験に荷担した奴らなんすよ!?」

佐藤「あと六人かあ」


 田中の訴えを聞き流すかのように佐藤が呟く。コントローラーを持ち直し、ポーズを解除すると、戦闘音が鳴り響いた。


佐藤「田中君でやっといてよ」


 カチャカチャというコントローラーの操作音、惰性的なプレイで敵を撃ち殺しながら、佐藤は田中を見ずに話しかけた。


佐藤「もうできるでしょ? 私は次のウェーブから参加するから」

 
 田中は何も言うことができなかった。しばらく佐藤の背中を見つめていたが、やがてなかば呆然としたまま部屋を出ていった。


ーー
ーー
ーー
5778zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:55:20 ID:mxH()

 アジトの裏に積まれた廃品の山から鉄臭い臭いが漂ってきた。

 何年も前に廃業した工場の裏手には、鉄材や木材、砕けたガラス、絡み付いた鉄線、キャビネット、スチールデスク、パソコン、カーペットや自転車や自動車のドア、扇風機にエアコン、はてはフォークリフトまで投棄されていた。

 どれも錆び付いて、赤茶けている。豪雨でも洗い落とせない錆び付き。いまや廃品全体を覆いつくし、ひとつの物体になろうとしている。

 田中は三十分もまえからそこに佇み、雲の移ろいに従って地面に写ったり隠れたりする自身の影を意識するわけめもなく眺めている。

 田中はさきほどの佐藤のことを考える。

 佐藤さんが暗殺からおりた……いや、暗殺だけだ。闘争はやめてない。
5788zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:56:11 ID:mxH()

 たしかに、暗殺リストの十一人はおれの復讐だ。もっとほかにも殺したい奴はいる。──おれを切り刻んだやつ、精神鑑定をしたやつ、企業におれを紹介したやつ、悪態つきながら排泄物を処理したやつ──

 だが、あの十一人だけにした。それは復讐以上に重要な意味があったからだ。

 無関係なやつなどいないと知らしめたかった。おれの身体で実験した医薬品のCM、おれを乗せて壁に激突した車のCM、どこの薬局にもあり、どこのディーラーにもある。

 それを飲み下して健康を維持し、それを通勤し、休みの日は家族とどこかにでかける。

 おれから生まれたもので、この国の人間は日々を快適に暮らしている。


 おれの苦痛から生まれたもので。


 おれはおれの苦痛から生まれたものをすべて叩き壊し、燃やし、灰にして、滅ぼしたい。だが、それは不可能だ。あまりにも数が多いし、おれはおれから生まれたものすべてを知らない。知りようがない。十年もされるがままだったから。おれは世界すべてに復讐することができない。
5798zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:57:00 ID:mxH()

 だが、知らしめることはできる。

 おまえたちが使っているものはおれの苦痛からできたものだ、あるいはそうかもしれない、違うかもしれない、確実にそうだと言えるものは限られているが、それは大量にあるし、可能性を含むものは定義的にすべてのものだ。

 その可能性を常に考えろ、苦痛から経済を動かす力学が生まれたこと、利益と人権を秤にかければかならず利益に傾くこと、そういった人間がこの国を動かしていること、そしておれたちは何度命を奪ってもそのことに反対するということ。

 あの十一人はそのために選んだ。メッセージとなりうる十一人。猶予となりうる十一人。

 権利が得られなければ、おれたちはもっと殺す。おれたち自身が権利を付与できるように。

 最終ウェーブは個人的な感情では闘いきれない、使命と思わなければ。

 あの十一人は個人的な感情を処理するためのものでもある。だから、佐藤さんには必要のない過程なのかもしれない……


奥山「田中さん田中さん」


 考えに耽る田中に奥山が話しかけた。しばらくまえに奥山が使用している部屋の灯りが消えたことに田中は気づかなかった。
5808zklXZsAwY :2018/09/18(火)22:57:34 ID:mxH()

奥山「フォージ安全の青写真ダウンロードしたよ。これ、PDFにしといたから」

田中「……奥山」


 田中は奥山にほうを見ずに、口の中につぶやきを籠らせるように言った。


田中「おれは佐藤さんが……何考えててんのかわかんなくなってきた気がするよ」


 奥山はちょっと間をあけて、持っていた杖を肩に置くと、口を開いた。


奥山「『マリオ』やるときさあ」

田中「はあ?」

奥山「ピーチ姫を助けるぞ!ってテンションでやる?」


 ほどよく気の抜けた声で奥山は話を続けた。


奥山「ストーリーは必要だけど、亀を踏み潰すのが楽しいからやるんだろ? 佐藤さんはそういう単純な人だね」

田中「わかりやすく言えよ」

奥山「やるの? やらないの?」


 奥山はUSBを差し出しながら、訊いた。

 田中は奥山を見た。奥山の眼は田中がどうするか真剣に問うていた。

 田中はもぎとるようにUSBを手にとった。


ーー
ーー
ーー
5818zklXZsAwY :2018/09/18(火)23:06:04 ID:mxH()

 田中が気づかなかったことがもうひとつあった。

 佐藤のIBMに声をかけようとしてやめ、田中が通路を奥へと進んだときのことだった。

 棒立ちしていたIBMの左手がゆっくりあがった。六本指が小刻みに震えながら閉じてゆき、人差し指だけが伸ばされた。

 IBMは方向を指し示していた。


IBM(佐藤)『あっ……ちの……部屋……』


 IBMは佐藤と同じ声を響かせた。その声を発したのは、佐藤ではなかった。

 平たい頭をした六本指のIBMは自らの意思ではじめて言葉を話した。


ーー
ーー
ーー
5828zklXZsAwY :2018/09/18(火)23:06:13 ID:mxH()
今日はここまで。
5838zklXZsAwY :2018/10/15(月)19:58:32 ID:c1b()
SS速報VIPが復旧したので、続きはそちらで更新します。

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1483369191/

ご覧いただいた方、ありがとうございます。

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新田美波「わたしの弟が、亜人……?」(再)
CRITEO