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【モバマス】P「秋波に千鳥」

177.oQo7m9oqt:2017/09/17(日)15:49:11 ID:OWT()
独自設定あり。
よろしくお願いします。
277.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:49:59 ID:OWT()

 ────やめてください。

 そう言って手を振りほどかれたのは、松本沙理奈にとって初めての経験だった。

 自分の魅力は自身でしっかり理解していた。その顔が区切りとして美人の枠に入ることも。その身体が異性を惹きつけることも。

 だから、男性との初対面では積極的に距離を詰めていくことが合理的なやり方だと思っていた。実際、それは彼と出会うまでは有効だったのに。

 よろしくね、と組みにいった腕は、気難しそうな声と顔とに弾かれた。

 不愉快だった。というわけではなく、単に驚いたのだ。今までにはないことだったから。

 アイドルになった沙理奈とそのプロデューサーとの出会いは、彼女にとって未知の展開から始まった。
377.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:50:57 ID:OWT()



 冴えない、というと語弊がある。端正、というのはやや言い過ぎ。うまく言い表す言葉の見つからない顔をしている。あえて言うなら『実直』という単語をそのまま顔にしてみたような。

 体型はスーツで隠れていて、外観では細身だということしかわからない。襟元も袖口もかっちりと着崩していないあたりもやはり『実直』だ。
 身長は低くもなく高くもなく。

 休憩スペースとプロデューサーのための事務スペースとはパーティションで荒く区切られている。シンプルな黒張りのソファに体重を預けながら、その隙間から彼の横顔を覗いていた。

 キーボードを打つ手は淀みなく早い。画面に固定されている目から手慣れていることがわかる。

「……なんですか。ジロジロ見て」

 真一文字に結んでいた彼の口が不意に動いた。

「え? ……あ、気付いてたの」

「気付かないわけないでしょうが」

 むすっとした顔で、むっつりした声でプロデューサーは応えた。
 一見すると不機嫌にしか見えないその様子だが何も怒っているわけではないらしい。不本意だった初対面からひと月ほどが経って、沙理奈にもそれぐらいは分かるようになった。
477.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:51:20 ID:OWT()

「手持ち無沙汰でヒマなのよ」

「レッスンルームでも手配しましょうか」

 淡々とした声が冗談に聞こえない。午前にレッスンを済ませた上がりで午後からも入れられるのは苦しい。「そういう気分でもないのよねえ」とストップをかけた。

「そうですか」

 多少なり会話に興じてくれればいいのに、プロデューサーは沙理奈の方を見ることもしない。生真面目な目は真っ直ぐディスプレイを向いたままだ。

 ちょろくない。沙理奈が初対面時からずっと変わらず彼に持っている印象がそれだった。

「事務仕事、忙しいの?」

「そこそこです。別に急ぐものはありませんが、やっておくに越したことのないものは山ほどありますので」

「お茶、淹れたげよっか」

「結構ですよ。悪いので」

「欲しいのは欲しいんだ?」

「どちらかといえば今は欲しくありません。のども渇いていませんから。すみません、先にこういえば良かったです」

 まったく取り付く島もない。あまりにも関心を向けてくれないので、また邪魔をしてしまうのも本意ではないので、沙理奈はソファから腰を上げて事務所を出た。
577.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:51:43 ID:OWT()

 街行く雑踏に紛れると沙理奈の容姿は人の目を惹く。概ねが好意的なそれは男性からのものが多い。素肌を晒しがちなオフショルダーのトップスゆえか性的な視線も数多く混じるが、彼女はそれを不快には感じない。むしろ心地よいとさえ感じていた。

 ────うん、ちゃんと魅力的なハズ。

 沙理奈は自分磨きには余念がない。だからこそ自分に自信を持っている。だというのに。

 プロデューサーの沙理奈の扱い方は出会ってからずっとぞんざいで、それがちょっとだけ彼女のプライドを引っかいていた。

 道すがら、足を止めた。

 夏の気配が薄くなった風が肩をさらって背中側から抜けていく。まだ心地よいと感じられる範囲だが、沙理奈の好む夏は徐々に遠くなりつつある。

 ふと小洒落た靴屋の店頭に好みのデザインのショートブーツを見つけた。秋口に差し掛かってようやく長袖の服を出し始めたばかりとはいえ、じきにこういうのも必要になる。
 パッと手に取って、そっと元に戻した。五の桁数を記すタグはやや厳しい。

 残念な息を落として人波に再び乗った。
677.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:52:42 ID:OWT()



 プロデューサーは若手ながら社内でも結構な期待株らしく、実際その手は早い。出会った次の日には宣材写真を撮ったし、その翌日からレッスンも始めてくれた。

 そして、沙理奈のデビューの算段を立てたのも早かった。

「初仕事、グラビアでいいですか」

 翌朝の事務所で、いつも通りの声、いつも通りの顔で、会って早々挨拶もそこそこにそう言われ、沙理奈は目をしばたたいた。

「初仕事。……アタシの?」

「そりゃそうでしょう」

 そりゃそうだった。

「いいけど……っていうか、望むところだけど」

 元々恵まれたプロポーションを活かそうとしてこの世界に入ったのだから、それを嫌がる理由がない。見られたがりが沙理奈の性だ。しかし、

「早くない? まだ入所してひと月ちょっとだけど、こんなもんなの?」

「早い方でしょうね」

「いいの?」

「何も悪いことはしていませんよ」

 いや、そうじゃなくて。
 内心で軽くツッコんだことを顔から読まれたのか、表情は一切崩さないまま「ああ、冗談です」とプロデューサーは言った。なんて分かりにくい。

「多少レッスンが足りていないかもしれませんが、松本さんなら大丈夫でしょう。会って翌日の宣材の撮影でも問題はなかったのですから」

 いわんや今は、ということらしい。
777.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:53:20 ID:OWT()

 さすがに勝手が違うんじゃない? と言いかけたが、不安がっていると思われるのも癪だ。
 それはどうもありがと、とさらりと返し「撮影はいつになるの?」とそのまま尋ねた。

「予定はちょうど一週間後、でしょうか。必要ならば前後多少ならズラせます。急な話ではあるので可能な限り松本さんに合わせますが」

 必要ですか、とプロデューサーは目だけで問うた。それがなんだか挑発的に思えて、強めの言葉尻で突っぱねた。

「いいわよ、それで。予定もないし」

「ではそのように」

 返事を予想していたかのような即答。そのままプロデューサーはデスクに向かい、パソコンのディスプレイにメールの作成画面を開いた。

 どこまでも無機質で事務的な対応だった。それも、ちょっと面白くない。

「ねえ?」

 と猫なで声で呼んで彼がこちらを向いたところで、

「ついにこのカラダで世の男のコたちを魅了するときが来たのね……ウフフッ、どお? プロデューサー?」

 胸の下で腕を組み、乗っかったそれを軽く持ち上げた。胸囲九十を超す薄着越しのバストが腕の中で形を変える。

 ────しかし、空振り。

 顔色ひとつ変えることなく、プロデューサーはついと顔を逸らした。

「俺にやっても何にもなりませんよ」

 扱いはあくまでぞんざいだった。

 沙理奈にだって意地のようなものがある。初対面で振り払われてからも折を見てアピールしてきたものの、いつだって今回のようにスカされてばかり。ここまで効果がないとなんならいっそ清々しい。
877.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:53:58 ID:OWT()



「────でもやっぱり悔しいのよ! なんなの!?」

「ちょっ。声大きいっス、沙理奈さん。もうちょっと落として」

 ちょっと強めに置いたレモンティーがテーブルを叩いて低い音を立てる。完全に八つ当たりだった。

 沙理奈のいる事務所はかなり規模が大きい。それに準じてオフィスも大きく、中庭には社員用のカフェテラスなんてものまであった。

 気晴らしに入ったそこでたまたま同期のアイドルと遭遇、せっかくだからと相席にして、話の流れで愚痴を聞いてもらう運びとなった。

「しかしまあ、そんな男もいるんスねぇ。沙理奈さんが迫って揺らがないなんて想像もできないっスけど」

 ゆるい口調で荒木比奈は言った。世辞でもなんでも今はそれが嬉しい。

「もーホント、絶対相性良くないと思うのよ。別にドライな関係が悪いとは言わないけどお」

「ちょっと冷た過ぎな気もするっスね」

「でしょー!?」

「なんか怒らせたとかはないんスか?」

「ないわよ、ないない。だって初めっからああだったもん」

 言ってから、もしかしたら初対面のアレで致命的に嫌われたのかも、とは一瞬思った。しかし仮にそうだったとしたならそれはそれで狭量が過ぎる。
977.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:54:20 ID:OWT()

 グラスを口に運ぶと、鼻に抜ける爽やかなレモンの香りに少しの違和感が残った。どうもハニーポットから注いだシロップが多かったらしい。酸味よりも甘味が強い。

 手慰みにマドラーで再度かき回した。ガラス細工と氷が擦れてカラカラと音を立てる。

「……比奈の方はどうなの? そっちのプロデューサーとうまくいってる?」

 そう変わらないとはいえ年下の子に愚痴ばかり聞かせるのも悪い。話題を変えるべく沙理奈は無難な質問を投げた。

「アタシっスか? ええと……まあ、うまくやれてるんじゃないっスかね。特別言うこともないかも」

「交換する?」

「遠慮しとくっス」

 軽いジョークに、比奈は軽く笑って応えた。こんなふうに軽快に彼とも話せたら。つい考えてしまったことは胸の中に留めておいた。
1077.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:54:59 ID:OWT()



 翌日以降のレッスンはビジュアルを磨くものが主だった内容のものに変えられていた。まったくもって如才ない。

 有能なところも可愛げがなかった。仕事が鈍ければそれにかこつけて当てこするぐらいはできるだろうに、沙理奈のプロデューサーの仕事ぶりは言うことなしだ。

 レッスン漬けの有意義な一週間を過ごした。紛れもなく有意義な時間だったのがちょっと悔しくもあり。

 予定の日を問題なく予定通りに迎えて、沙理奈はプロデューサーの運転する社用の軽自動車で撮影スタジオに向かった。スタジオの中は妙に空気が冷えていて、薄着の彼女にはちょっと寒いぐらいだった。

 プロデューサーと二人控え室に通された。

 室内の真ん中には簡易テーブルとパイプ椅子。その奥にアコーディオンカーテンで仕切られている小さなスペースが設けられている。隅にはハンガーラックがあるが、そこには未使用のハンガー以外何も掛かっていなかった。

 きょろきょろと周りを見渡すも、衣装らしいものが見当たらない。

「プロデューサー、アタシが今日着るのは?」

 尋ねたのとほぼ同時に、廊下を近づいてくるテンポの速い足音が聞こえた。開けっ放しのドアからひょいと顔をのぞかせたのはまだ年若い女性。スタッフマークの入った腕章を付けている。

「ああ、遅れてすいません、もういらっしゃってたんですね。こちら、松本さんの今日の衣装です。不具合あったら言ってくださいね」

 両手に抱えていたハンガー付きの衣服を丁寧にテーブルに置くと、軽く一礼してまた小走りにスタッフは出て行った。
1177.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:55:43 ID:OWT()

 ────あれ? 衣装って、これ。

 スタッフが持ってきたものは沙理奈の予想していたものとは違っていた。

 テーブルに広げられたのは、タグが切り取られている以外はショップに並んでいるものと同じ新品の一揃いの服。
 ブルーのニットセーターに、黒いキャミソール。下はダークグレーのデニム地のショートパンツだ。

「……ねぇ、プロデューサー」

「はい?」

「今日の衣装、これ?」

「はい」

「……水着じゃなかったの?」

「違いますが。俺、水着だと言いましたか」

 思い返してみれば言われていない。グラビアと聞いて沙理奈は自動的に水着を思い浮かべたが、グラビアと水着はイコールで繋がるわけではない。

 なんだ、ちゃんと着るのね、と小さく息を漏らした。何も水着になりたいと切望していたわけじゃないが、一週間肌を晒す心づもりをしていて、今朝も朝食を抜くぐらいのことはしていたから多少拍子は抜けた。
1277.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:56:04 ID:OWT()

「……嫌なんですか?」

 その吐息をちょっと曲げて受け取ったのか、プロデューサーが剣呑な声を上げた。慌てて手を振る。

「嫌じゃないわよ。ただ意外だったってだけ。だって今どきグラビアって言ったら大概水着でしょ?」

 ましてや新人ほやほやの沙理奈だ。ファッショングラビアでお高くとまれるなど思ってもいない。

「……そうですか。それならよかったです。では俺は外に出ているので着替えをお願いしますね」

 平時用の声に戻して言って、彼はそのまま出て行った。別に着替えるスペースはあるんだからわざわざ、と言おうとしたが、その暇もなく。

 ドアが完全に閉まった音を聞き届けてから、テーブルに置いてある衣装を振り返った。セーターは冬用でなかなか厚い。なるほど、室温が低いのは厚着させることへの配慮だったらしかった。

 着替えてみると、肩の出るオフショルダー型とはいえモコモコのセーターがちょっと暑いぐらいの上半身。下半身は短いデニムで晒した素足に冷風がちょっと寒い。オシャレは我慢とはよく言ったものである。
1377.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:56:38 ID:OWT()

 そこで、あれ、と思った。靴がない。
 今履いているのは夏用の私服に合わせた自前のミュールだ。これはちょっと全身に合いそうもない。

 ドアから顔を出すとプロデューサーがその前に立っていた。音に気づいて振り返り「ああ、松本さん」と手に持っていたモノをすっと差し出す。

「衣装スタッフが持ってくるのを忘れていたと、先ほど届けに来られました。靴はこちらをお願いします」

「あ、そうなの」

 言われるままに受け取って、室内に戻って見覚えのあるブランドロゴが印字された段ボールを開封した。開けて見て驚いた。

 保護のための薄葉紙に包まれて入っていたのは、沙理奈がちょっと前に街中で目を惹かれたあのショートブーツだった。

 これは役得だ。喜んで足を通させてもらった。

 改めてメイクを済ませ、衣装姿はどうかとプロデューサーの前でポーズを取ってみるも、チラリと一瞥くれただけで「よくお似合いかと」と即答。予想通りやっぱり反応が面白くなくて沙理奈は肩を落とした。

 対照的に、カメラマンは千切るような勢いで沙理奈に褒めてかかった。やり過ぎにも思えるそれは多少面映ゆくてくすぐったいが、やはり嬉しい。

 それがカメラマンのやり方だったらしく、上手く気分を乗せられたまま撮影は始まった。
1477.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:57:04 ID:OWT()

 撮影は特筆することもなく順調に進んだ。さすがに宣材写真を撮ったときほど淡々とは進まないが、ポーズにも表情にも具体的な指示があるから迷わずに済む。一度の着替えと休憩を挟んで、二時間も経たないうちに終了の声が上がった。

「ハイ、お疲れ! いやあ新人だって聞いてたから長引くかと思ったけど、なかなかよかったよ。またよろしくね!」

「ありがとうございます〜!」

「きっと良いものになると思うよ。楽しみにしててね」

「はぁい♪」

「お疲れ様でした、ありがとうございました。撮れた写真のチェック、よろしいですか?」

「ああ、プロデューサーさん。いいよ、ちょいと待ってくれな」

 可愛くぶった声で労いに応える沙理奈とカメラマンの間に割って入ったのはプロデューサーだ。その顔は平時と違ってにこやかだが、口元に強ばりが見える。不恰好な営業スマイルだった。

 写真の確認のためにスタジオ隅のパソコンへ歩き出したカメラマンから目を離して、プロデューサーは沙理奈の方を振り返った。そのときにはもういつもの憮然とした顔に戻っている。戻っていたが、

 ────あら? と沙理奈は首をかしげた。
1577.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:57:28 ID:OWT()

 プロデューサーの顔が、少し歪んだ。見覚えの薄い表情でモゴモゴと言いづらそうに口を動かして、絞り出たのは褒め言葉、らしい。

「お疲れ様でした。……ええと、とても良い撮影だったかと思います。よかったですよ」

 ちょっと唖然とした。へたくそか。びっくりするぐらいたどたどしいセリフがおかしくって、小さく吹き出した。むすっとした顔がもう一段不服そうに険しくなるが、残念ながらその顔が怖く見えない。

「……褒めてくれてるのよね?」

「……ええ、まあ」

「それは、うん、どうもありがとう」

「いえ。……あの、もう着替えてきていただいて構いませんよ。着替え終えたら戻ってきてもらえますか。使っていいものとよくないもので、本人にも確認していただきたいので」

 むくれたように顔を逸らす彼に笑いながら軽く頷いて了解を告げ、控え室に戻った。去り際に耳が赤いのを指摘しようかとしばし迷ったが、情けで言わないでおいた。

 褒め言葉も労いも素っ気ない。素っ気ない上に拙いけれど、嫌われてるわけではないみたいだ。沙理奈は着替えながらそう思った。

 着替え終えてみるとブーツが少し名残惜しい。履き心地もよかったし、また機会があれば買いたいものだが、ファッションアイテムとの出会いは一期一会だ。たぶん再会の目は薄い。
1677.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:58:22 ID:OWT()

 脱いだ衣服を畳んでテーブルに置いたところで、不意に戸が乾いた音を立てた。「はい?」と返すと「衣装を回収に来ました」という声。ドア越しでくぐもっているが聞き覚えはある。さっきの衣装スタッフだ。

 開けて迎えると「お疲れさまでした」と自然な笑顔でスタッフは言った。

「よくお似合いでしたね。スタイル良いと衣装も映えますし、正直ちょっと羨ましかったぐらいです」

「ふふっ、ありがとうございます」

「プロデューサーさん、いいセンスをしてらっしゃるんですね。異性の服を選ぶのってそんなに簡単じゃないと思うんですけど」

 おべっかは軽く聞き流したが、何気なく言われたそのセリフが意識の角に引っかかった。え、と一瞬言葉に詰まってから尋ね返した。

「それはどういう……?」

「あれ? ……あ、ご存知ないんですか?」

 まとめた衣装を両手に抱えて、なんてことないように言われたそれは、沙理奈にはなかなか衝撃だった。

「この衣装、選んだのそちらのプロデューサーさんですよ。もちろんイチから探したわけじゃなくて、いくつかあった選択肢からコーディネートしたってだけですけどね」

 それでは、と一礼して、スタッフは小走りに出て行った。
1777.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:58:40 ID:OWT()

 ぱたぱたと離れていく足音を聞きながら、沙理奈の口からへえ、と感嘆符が出た。へえ、そうなんだ。

 カメラマンからもスタッフからも良いと言われたあの服、あのコーディネートは、プロデューサーが選んだものらしい。────沙理奈が一目惚れた、あの靴も。

 センスが似ているのかも、なんてことが頭をよぎり、むず痒くなって頭を掻いた。相性悪いと思うと、比奈に言ってから日も浅いのに。

 即答で『よくお似合いかと』と言われた。そりゃそうだ、沙理奈に似合うものをと彼が見繕ったんだから。

 なんていうの、こういう気分。してやられた? 手のひらで転がされた?

 上手い言葉が見つからなかったが、とりあえず複雑な気分になったのは間違いない。
 ついでにイヤな気分ではなかったのも、間違いなかった。
1877.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:59:16 ID:OWT()

 プロデューサーの元へ戻ると、彼による写真のチェックは既に済んでいた。確認をお願いします、とパソコン前の席を譲られるが、そもそも沙理奈は水着を晒すつもりでいたわけで、つまり許容できる範囲はかなり広い。
 その上生真面目の権化のようなプロデューサーが通したということは、もうあえて見る必要もなさそうなぐらいだ。ざっとチェックしただけでOKを出した。

「……もういいんですか?」

「うん。プロデューサーも見てくれたのよね?」

「まあ、それは」

「なら大丈夫でしょ?」

 さらりと言うと、彼は面食らったように目を丸くして「信用されたものですね」と小さく笑った。

 文字通りの微笑だった。かすかに下がった目尻とかすかに上がった口角。けれどそれは偽りのない笑顔で、初めて見る表情に逆に沙理奈が面食らわされた。

 言い表しがたい顔だと思っていたけど、笑ってみるとなかなかどうして悪くない。
1977.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)15:59:44 ID:OWT()

「……印象大事な仕事してるんだし、ずっとそういう顔してた方がいいんじゃない?」

 つついてみると、ちょっと痛そうな顔になった。

「……余計なお世話です」

 拗ねたように吐き捨ててそっぽを向いた。

 今日一日だけで、あまり見えていなかった彼の側面が少し露わになった。なんとなく、ぼんやりだけどわかった気がした。

 生真面目でおカタく、小器用にソツなくなんでもこなせるようでその実対人関係は相当不得手。しかしそれは察されぬようにと当たり強く振る舞っている────要するにこの男は、たぶん相当めんどくさいのだ。

 小さく笑うと、彼の耳にまたわずかに朱が差した。
2077.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:00:25 ID:OWT()



 めんどくさいながらも手腕はやっぱり確かで、プロデューサーは最初の撮影を皮切りにグラビアやファッション誌のモデルの仕事を次から次へと持って来た。

 素人気分はおおむね抜け始め、秋も底をついて色づいた葉があらかた散り終えた時期だった。

 通り慣れた、とそろそろ言ってもよさそうな事務所への道を通り、沙理奈はレッスン前にプロデューサーの元に顔を出した。彼のデスクにはコミック誌とファッション誌が何冊か置いてある。それが少し嬉しい。

「おはよーございまーす」

 と後ろからゆるく声をかけると、彼は事務椅子ごとゆっくり振り返った。

「おはようございます。お早いですね」

「そお? まあ遅刻はしたくないし……」

 っていっても、ちょっと早く目が覚めただけなんだけど。と、そう言おうとして、彼がさっきまで操作していたパソコンのモニターが肩越しに見えた。なんだかヤケに肌色が眩しい。

 まさかと思って頭の角度をズラして覗き込むと、そのまさかだった。

「……プロデューサー、それ何見てるの?」

「は? ……ああ、これですか」
2177.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:01:14 ID:OWT()

 水着グラビアだった。まぎれもなく。そこまで露出の強いものではないが、沙理奈にも劣らないようなスタイルの女性がセパレートのタンキニを身にまとって扇情的なポーズを取っている。

「資料です」

 資料って。口には出さなかったが、言いたいことはありありと顔に出た。

「……本当に資料ですよ。松本さんに、水着グラビアの話が来まして。あまり聞き覚えのないところからのオファーだったので、ちゃんと確認しておこうと思ったんですよ。ホイホイ受けて実は妙なところからでした、なんてなったらマズイでしょう。
 ……あの、とりあえずその顔やめてもらえませんか」

 その顔とはとどのつまり、あらあらまあまあお盛んですね、とでも言いたげな顔だ。異性の性事情に触れて照れてしまうほどのウブさは成人してしばらく経つ沙理奈にはなかった。

 ドがつくほど真面目な彼の言うことに嘘はないんだろうとわかっているが、からかうネタが剥き出しに置いてあるのにみすみす見逃すのはおいしくない。

「朝からダイタンね、プロデューサー♪」

「だから」

 彼は大きめのため息をついて画面から水着女性の写真を消した。

「資料だと言ってるでしょうに」

 ぶんむくれてそっぽを向いたその耳がほんのり赤い。顔はいつも通りの鉄仮面だが、どうやら覆える範囲に耳は入っていないらしかった。
2277.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:01:55 ID:OWT()

 からかわれてヘソを曲げていても仕事は仕事と割り切る実直さは変わらない。彼は沙理奈と目を合わせないまま水着の仕事を受けるかどうかと尋ねた。

「そりゃ受けるわよ?」

 当然のように返した。生真面目な彼が尋ねるに至ったということは調べた結果その仕事に問題はないということで、だったら蹴る理由がない。

「水着が嫌だ、とかはないですか」

「ないわよそんなの」

 自分のカラダで魅せるためにアイドルのオーディションを受けたのだ。今更そこでためらうわけもなかった。

 プロデューサーはそうですか、と小さく呟いて「ではそのように先方にも伝えておきます」と平坦な声で続けた。

 次いで今日の予定は、と手帳を開いたが、その内容が微妙におかしい。「午後からのレッスンはいつもの場所で」って、午後からしか予定がないなら朝イチに沙理奈が来るわけない。

 指摘すると、慌てて訂正した。

「……すみません、これは明日の予定でした」

 外した目線はうろうろと漂う。からかったことが確かな尾を引いているようだ。
 ともすれば冷血漢に見えるプロデューサーだが、なにもアンドロイドのように血が赤くないわけじゃなかった。
2377.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:02:16 ID:OWT()



 ようやく、という気持ちも強かった。

 沙理奈はオーディションの時点で自身の魅力はその豊満なバストを筆頭としたビジュアルであると自ら語っていた。
 見られるのは恥ずかしい。だけどそれを上回る魅せているという快感がある。それが彼女のスタンスだった。

 だから水着はもちろんなんなら下着モデルだって望まれればするつもりだったのに、プロデューサーが持って来るのはどれもかっちり着込んだモデル役。

 平行して受けていたダンスやボーカルのレッスンも新鮮で楽しく魅力的だったし、彼の持って来る仕事に特別不満があったわけでもない。
 ただ、単純に消化不良だったのだ。グラビアアイドルならば、やはり花形は水着姿。その固定観念があったから。


 そういうわけで気合を入れて臨んだ仕事でしっかりやらかして、弩級の雷をプロデューサーに落とされた。
2477.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:02:37 ID:OWT()



 意気揚々と現場入りして、プロデューサーとは別れて沙理奈が控え室に通されると、中には既に他所のアイドルがいた。そういう経験もこれまでにあったから特に慌てることなく挨拶と社交辞令を交わして、それからスタッフから衣装を受け取った。

 用意されていたのは淡いブルーのビキニタイプの水着だった。ボトムがシンプルな一方、トップは両胸の間に大きめのリボンがあしらわれている。一見するとやや子供っぽいが、布面積が小さめだからそれが逆にセクシーだ。

 なかなか悪くない、と胸に抱えて、パッと離してまじまじと見つめた。────これも、もしかしてプロデューサーが選んでたり?

 いつかのむず痒さが規模を大きくして再来した。

 靴の趣味はともかく水着のセンスまで似通っているとなれば、それはもうなんだか、とってもいたたまれないように思える。

 とはいえ考えても詮無いことで、とりあえず着替えて控え室内の姿見の前に立った。

 困った。
 自分のことながら似合っていると思うし、正直すごく気に入ってしまった。
2577.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:03:11 ID:OWT()

 勝負衣装に着替えた沙理奈たちアイドルが撮影スタジオに入ると、既に機材のスタンバイは済んでいて、各所のプロデューサーやマネージャーの姿ももうあった。

 沙理奈が自身のプロデューサーの元へ歩いて行くと、申し合わせたように向こうからも沙理奈の方へズカズカと歩み寄ってきた。

「着てください。出番まではまだ少しありますから」

 と開口一番乱暴に手渡されたのは、丈が長めの黄色いパーカー。

「えー? ここ、結構暑いんだけど……」

 以前とは違い、冬が近い今日のスタジオは暖房が強めに入っている。水着だけでも十分に過ごせるぐらいだった。スーツ姿のプロデューサーは目に暑苦しい。

「着てください。出番まではまだ少しありますから」

 反論してみたが、効果はなし。一言一句違わず今度は強めに言われ、しぶしぶ袖を通した。薄手のものを用意しているあたりがプロデューサーの何気ない濃やかさだが、それでも暑いものは暑い。
2677.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:03:36 ID:OWT()

「待機時間どれくらいって?」

「ソロ撮影の順番は最後から二番目です。前からは五番目。六人個別に終わったあとに全体撮影になります。……まあ、一時間ぐらいは見ておいていいかと。控え室に戻ってますか?」

「ううん、見てるわ。負けてらんないもんね! バーンと出した子がいたら、こっちもドンと見せていかないと!」

 沙理奈の意気込みを聞き、困ったような顔でプロデューサーは頭を掻いた。

「……無駄ですよ、それ」

「え? ……無駄ってどういうこと?」

「際どいのは絶対使われません。あまり攻め過ぎるとボツになります。出すだけ無駄です。やめてくださいね」

「この水着結構攻めてると思うんだけど」

「それがギリギリのラインってことです」

「……ちなみにこれ用意したのって誰?」

「向こうが提示したサンプルから、松本さんの趣向に合いそうなものを俺が選びましたが。何か?」

 平然とした顔で言うプロデューサーが小憎たらしいが、彼が選んだということに意味を見出せるのは現状沙理奈だけだから仕方ない。

 くそ、まさかほんとにセンスが同じなのか。
 なぜかなんとなく悔しいが、言うのも憚られるので喉元でせき止めた。
2777.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:03:57 ID:OWT()

 撮影はほどなく始まったが、カメラマンがなかなかの曲者のようだった。アイドルたちの苦労している様子が見て取れる。

 指示が曖昧で抽象的だった。具体的なポーズや表情の指示は出さず、ニュアンスや雰囲気だけを伝える。たとえば「優雅に」だとか、たとえば「もっとシンプルに」だとか。求めているものがわかりづらい。

 その上感情が抜けたような無表情がずっと変わらず、良いも悪いも言わないものだから完全に手探り状態だった。

 順番、後の方でよかった。と沙理奈は内心でひとりごちた。トップバッターであの対応を受けたら絶対大いに戸惑う。

 迷走の結果かなり際どいポーズをとった子もいた。しかも複数。そのときもカメラマンは「うん」と小さく頷くだけでシャッターを切った。

 アレいいの? とプロデューサーに問うと、絶対使われないでしょうね、と呆れたような答えが返ってきた。
2877.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:04:22 ID:OWT()

 ────本当なの、それ。

 生真面目でしっかりしているとはいえ、沙理奈のプロデューサーはまだまだ若い。

 もしかして勘違いしているだけなんじゃないの。だってほら、今もスッゴイポーズなのに連写で撮ってるし。

 呼ばれたアイドルは六人で、その使われ方は向こうの編集部に一任されている。多少の交渉はあれどインパクトで負けてしまえばたぶん沙理奈の扱いは小さくなる。

 疑念を抱いてしまったまま、沙理奈の撮影の順番が回って来た。セットに入るとすぐにカメラマンが開始を告げる。

 やはり指示は漠然としていて、心構えは作っていてもやっぱり沙理奈も対応に困った。

 心配ごとは撮影中もふくらんでいく。

 これでいいの。大丈夫なの。もっと見せた方がいいんじゃないの。なんかカメラマンの顔渋いような。やっぱり他の人みたいにやった方が。

 与えられた時間は残り少なくなるが、手応えはない。焦りと不安は際限なく膨張して、プロデューサーの言い付けをつい無視して水着の紐に手をかけてしまった。
2977.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:04:52 ID:OWT()

 ────と、床に重い何かを思い切り叩きつけたような轟音がスタジオの時間を一瞬止めた。

 辺りが静まってその場にいる全員の視線が一点に集まる。集中線の中心点はプロデューサーだった。音の正体は全力で足を踏み鳴らしただけ。

 いつもよりも八割増し不機嫌な表情が沙理奈を睨みつけていた。咎める目に真っ直ぐ射抜かれて軽く身体が竦んだ。

 すみません足元に何かが居た気がして驚いて、とプロデューサーはちょっと意味不明な嘘で周りを誤魔化した。
 撮影はすぐに再開され、終わりが近かった沙理奈の出番はもう二、三ポーズを変えただけで切り上げられた。

 沙理奈がプロデューサーの元に戻ると、預けていたパーカーを投げつけるように渡された。「着てください」と短く言われたその声は聞いたことがないぐらいに低い。

 それきりプロデューサーが何かを言うこともないまま、六人目の撮影と、全体撮影も終わった。周りは目立てるようにとなかなか刺激の強いポーズをとったり軽く水着をズラしたりとしていたが、さすがに沙理奈は彼の言いつけを守った。

 ────なにソレなんでそんなに怒ってんの。

 プロデューサーは撮影が全て終わっても何も沙理奈に言わなかった。着替えに行くよう顎でしゃくって促し、見送ることもせずにカメラマンの方へ歩いて行った。
3077.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:05:11 ID:OWT()

 意味がわからなかった。何をそんなに怒っているのか。確かに言いつけを破ろうとした、というかちょっと破りはしたが、それがそんなに怒るようなことか。周りもやっていたことで、負けじと意地を張ったのがそんなに悪いのか。

 着替えを済ませてスタジオに戻ると、プロデューサーはカメラマンに頭を下げていた。沙理奈に気付いたあとにもう一度頭を下げ、それから彼女の方へ歩み寄った。

「……帰りますよ」

 その声はやっぱり冷え切っていた。
3177.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:05:43 ID:OWT()



「────アホなんですかあなたは!!」

 社用車に戻るやいなや一転して怒声。初めて聞く彼の大きな声に、沙理奈は怖じるというよりも単純に驚いた。

「……な、なによいきなり」

「なによ、じゃねえだろ!」

 プロデューサーの敬語が崩れた。飾り気が剥がれ落ちるぐらいに怒っている。表情は普段の不機嫌顔よりも二倍ほどいかめしい。

「無駄だからいらんことすんなっつっただろうが! なんで言うこと聞かねえんだよ!」

 トゲのある言い方が刺さなくていいところに刺さった。沙理奈とて言われるままに黙っていられるタマではない。

「他の子もやってたじゃない。目立てなくて埋もれたらどうすんのよ」

「無駄だっつってんだろ! 使われねえんだよんなことしても!」

「使われない使われないってどこにそんな根拠があるのよ!? 一応でもやっておいた方が絶対いいでしょ!」

「自分を安売りすんじゃねぇってんだよ!!」

 一際大きく叫ぶような激昂が沙理奈の頭に落ち、彼女が息を呑んだことでヒートアップする売り言葉と買い言葉が一旦途切れた。
3277.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:06:52 ID:OWT()

 プロデューサーは沙理奈から目を外して気まずそうに顔を前へ向け、キーを回してエンジンをふかした。二人を乗せた車はスタジオの地下駐車場を静かに抜けた。

 運転には人柄や気分がよく滲むというが、プロデューサーの操作はあくまで丁寧だった。

 いたたまれない無言の時間の中、事務所へ向かう大通りを五分ほど道なりに走った。そのあたりで「……すみませんでした」とプロデューサーは前方に集中しながら呟いた。
 顔つきはいつも通りの不機嫌度合いに戻っている。敬語を使う余裕も帰ってきたらしかった。

「言葉が足りていませんでした。きちんと根拠を説明して、それから結論を言うべきでしたよね。前提を端折って指示だけを呑めと強いるのは厚顔でした」

 淡々と謝罪と至らなかった点を述べられると、どうしていいかわからなかった。さっきあれだけ怒ってからのこの切り替えの早さはなんだ。

「今日のグラビアが使われるのは少年向けのコミック誌です。購買層は未成年がかなり多くの割合を占めているので、あまりに性的なものは弾かれるんです。だから際どいコトはするだけ無駄だと言いました。ご理解いただけますか」

 沙理奈は浅く頷いた。頷いてから運転中のプロデューサーには見えないか、と気付いて「うん」と応えた。

「ありがとうございます」

「ん。……ゴメン、アタシもムキになってた」

 謝罪は詰まることなく滑り出た。

「いえ。……それと、ついでなので言っておいていいですか」

「なに?」

「お願いですから、自分を安く見ないでください」

 怒りながらも一等強く言っていた言葉は、やはり最もプロデューサーが伝えたいことだった。今度の口調は、沙理奈には経験がないぐらいに柔らかい。
3377.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:07:52 ID:OWT()

「初対面から思っていました。────あなたは、自分の魅力を安売りし過ぎる」

 なにを、と思った。沙理奈が聞き返す前に彼は言葉を続けた。

「すぐに腕を絡めたり、男を挑発するようなことをしたり、煽るようなことを言ったり。今日のアレにしてもそうです。……あまり不用意なことをしないでください」

「……別に、それぐらいなんてことないでしょ?」

「それぐらいじゃ済まなくなるかもしれないでしょう」

 タイミングよく信号が赤に変わり、緩やかに車体を止めてからプロデューサーはとなりの沙理奈を見据えた。

「みだりに隙を見せないでください。もしも俺がどうしようもない阿呆で勘違いして力ずくであなたに迫ったとしたら、それをはねのけられる自信はあるんですか?」

「それは……」

「もちろんそんなことは法治国家のこの国じゃそうそうありません。でも可能性はゼロじゃないでしょう。ゼロじゃなかったら、心配なんですよ」

 優しい声、というよりも、もはや諭すような声が耳に痛かった。

 信号に進むよう促され、なめらかに車は動きだす。それきりお互いに自然と口をつぐみ、事務所に着くまでは凪のような沈黙が車内を満たしていた。
3477.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:08:16 ID:OWT()



 事務所の駐車場に車を停めた。ロックをかけてから先を歩いて行くプロデューサーの背中に沙理奈は声をかけた。
 彼は立ち止まり、振り返る。

「……ねえ」

「はい?」

「……なんで、そんな心配してくれるわけ?」

 普段は鉄仮面を被りっぱなしの素っ気ない彼が、全力で叱りつけた。別に放っておいて彼に被害が及ぶわけでもないだろうに、そうまでしてくれる理由が沙理奈にはわからない。

 ストレートな質問にプロデューサーは苦い笑いを浮かべた。

「プロデューサーだからです。……じゃ、ダメですか」

「それじゃちょっと納得できないわ」

「そうですか」

 切り返しを予想していたかのような即答。
 それから、感情を削ぎ落とした声で言った。
3577.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:08:43 ID:OWT()

「どうしようもない阿呆なつもりはありませんが、……俺もこれで、結構な馬鹿なんですよ。それだけです」

 さっきのやり取りが耳によみがえった。

 ────え、それって。

 回りくどい言い方だけどもしかして勘違いじゃなければ、力ずくで迫るまではしなくても迫りたいと思ってるぐらいには取れるんじゃないの。

「忘れてくださいね。忘られないなら、まあ人事部あたりに訴えてくれても構いません」

 無表情で言いおいて、プロデューサーは先々と歩いて行く。

 急いで駆け寄って、沙理奈は彼の右腕を抱いた。彼がわかりやすく顔をしかめる。

「ちょっと、だから……!」

「プロデューサーはどうしようもない阿呆じゃないんでしょ?」

 だったら問題ないはずよね。上目遣いにそう言うと、プロデューサーは不満そうな顔のままぐっと口を閉じた。
3677.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:09:36 ID:OWT()

「イヤよ。忘れるのも、人事に行くのも。────だって、言ってもらえて嬉しかったんだもん」

 プロデューサーの目がまん丸くなった。

 迫りたいと思っていることを伝えられて嬉しくてそれを忘れるのがイヤで担当が替わるのはもっとイヤ。これまた婉曲な表現だが伝わらないほど捻じ曲がっているわけでもない。

 意図は通じて彼の耳がほんのり赤い。

「……それ、どういう意味に捉えられるかわかってて言ってるんですよね?」

「わかんないほど子どもじゃないわよっ」

「……もしかして、あなたも馬鹿なんじゃないですか」

 呆れが滲む声で言われたそれもわかってる。
3777.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:10:00 ID:OWT()

 相手は相当面倒なタイプで、ついでに付き合っていくとなると境遇までかなり面倒くさい。アイドルとプロデューサーの間に密やかな関係がご法度なことなんて今更言うまでもない。こんなイバラミチを自ら進んで選んでしまう自分はきっと相当なバカだ。

 だけど、仕方ない。気付いてしまったから。
 自分を本気で叱り飛ばすほどに想ってくれる人に。想ってもらえることが嬉しかったことに。────自分も、相手を想っていることに。

 複雑そうな顔で眉間にシワを寄せたまま盛大に溜息をついて、プロデューサーは「……やっぱり忘れてください」と呟いた。

 反射で反駁しようとした沙理奈は手だけで制止された。

「……折を見て、改めて俺から言いますから、今は忘れていてください。成功の保証があるから言ったような形になるのは遺憾です」

 まったく、こんなところまで。沙理奈は吹き出した。それを見てプロデューサーも少し笑う。

 生真面目でおカタイ。最後まで面倒くさい男だけれど、一方の沙理奈も大概楽じゃない女で、そしてそんな面倒な彼らがお互いを好きになってしまったのだから、これはもうどうしようもなかった。
3877.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:10:28 ID:OWT()

Ep.

 沙理奈のアイドル活動を支えるにあたって、プロデューサーはかなりヤキモキしながら仕事をしていた。彼女は彼の意向をある程度尊重して軽率な行動はとらなくなったが、それでもやはり彼女のやりたいことはグラビアが中心で、彼もそれが向いていることはわかっていた。

 だから、彼は想い人が大衆に素肌を晒すことは許容しなければならなかった。

 かつ、彼の生真面目な性格が災いした。

 そういう関係になっても絶対にバレるわけにはいかないからと、恋人の行為をすることは彼が頑なに拒んだ。そして、沙理奈はそのことにヤキモキしている。

 そんな日々の中、沙理奈が深刻そうな顔でプロデューサーに話したいことがあると告げた。

「……別れ話ですか」

「違うわよ。ネガティヴ過ぎでしょ」

「我慢を強いているのはわかっていますからね。多少後ろ向きにもなります」

「まあ、違うから安心して。えっとね、ちょっといろいろ話したいことがあるんだって、────ウチの親が言ってるんだけど」

「……は?」
3977.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:10:54 ID:OWT()



 関係は一切内緒だと約束したのに親に言ったんですか、と問い詰めるプロデューサーを沙理奈がなだめる。
 そういうことじゃなくて、単純にアイドル活動に関してだってば。

 沙理奈の説明に納得した彼は生真面目に予定を立てて手土産を用意し、一張羅のスーツまでクリーニングに出してその日に備えた。


「……ほら、入るわよ」

「待ってください。心の準備ができてない」

「そんなのいらないから。別にアイドルやるの反対されてるわけじゃないし」

「それでもですね」

 珍しくうだうだと屁理屈を並べるプロデューサーにため息をつき、沙理奈は先に玄関に手をかけた。

「あんまり遅いと置いてくわよ?」

「それはもっとマズイです」

 慌てて彼も後を追った。
4077.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:11:19 ID:OWT()

 沙理奈の後ろについて一戸建ての家に入った。ただいま、と言う彼女の声に、奥からおかえりと返答がきた。母親だろう、よく似た声質のそれにプロデューサーの肩が跳ねた。

「とりあえずプロデューサー、先に行っててくれる?」

「なんでですか。嫌に決まってるでしょう」

「いいから。階段登ってすぐ右の部屋に入ってて。アタシもすぐ行くから」

「え? ……二階ですか? でも、ご両親は一階にいらっしゃるんじゃ?」

「いいから!」

 突き飛ばすように肩を押され、彼はおそるおそる玄関から繋がっている上り階段を上がった。

 二階には人の気配がなかった。どういうことだと思いながらも言われた通りの部屋のノブを回す。

 微かな甘い匂いが鼻をくすぐった。薄暗い。入って正面の窓から入るはずの日差しは青い遮光カーテンが遮っていた。
 学習机やベッド、本棚に衣装箪笥。生活感の溢れる木製の調度品が優しい雰囲気を作っていた。

 フローリングの上の円形絨毯やカーテン・寝具はブルー系の色で統一されていて男の子の部屋にも見えるが、机の上のコスメやベッドの上の可愛らしいぬいぐるみ類が部屋の主人が女性であることを物語っている。
4177.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:12:01 ID:OWT()

 これはもしかして────、

「松本さんの……?」

「ぴんぽん♪」

 驚いて振り返ると、いつの間にか二階まで上がってきていた沙理奈が上機嫌な顔で立っていた。後ろ手にドアを閉めると室内の薄暗さがもう一段増す。

「アタシの昔使ってた部屋。どお?」

「どう、と言われても」

 再度見回す。綺麗に片付けられていて特に言うこともない。

「まあ、よろしいのでは?」

「ふふ、でしょ?」

 沙理奈は一歩踏み出してプロデューサーの懐に入り、

「────完全に密室で、何しても誰にもバレないところとか最高よね♪」

 首に手を回してそっと顔を近づけ、唇を重ねた。
4277.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:12:52 ID:OWT()

 数瞬の間なにが起きているのかわからず呆けたのち、慌ててプロデューサーは飛び退いた。

「なっ…………にしてんだアンタはいきなり!!」

「なにって……そういう目的以外だと思ったの? 昔使ってた部屋をあなたにも見て欲しいなー、なんて乙女チックなこと今さらアタシが言うわけないじゃない」

 腰に手を当てて沙理奈は当然のように言う。

「……じゃあ何か、親が話があるって言ってんのもウソか!」

「あ、それはホント。でも話は夜からってことになってるから」

 沙理奈はにっこりと笑って言った。
 アイドルの実家ならばプロデューサーが訪れることも不思議はなく、二人きりになることも容易く、かつ外部にバレる心配は一切ない。

「なんでもできるわよ。ここ一応防音だし。もちろん続きも、ね?」

 甘えた声。人差し指でみずみずしい唇に触れながら、沙理奈は上目遣いにプロデューサーを見やった。

 彼は顔をしかめて頭を掻き、それから沙理奈の肩を少し強引に引き寄せてもう一度軽く口づけた。
4377.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:15:38 ID:OWT()

「────でも続きはやらん」

「え?」

「続きはやりません」

「……なんでよ?」

「できてしまったらどうするんです。避妊具の避妊率が百パーセントを超えたら考えましょう」

 あけすけな物言いに沙理奈は小さく笑った。こういうところも彼らしい。

「失敗するのなんて一パーセントとかじゃないの? 詳しく知らないけど」

「百回やれば一回できるんでしょう。信用できるわけないじゃないですか」

「……ヘタレね」

「なんとでも」

「あ、じゃあ本番以外ならいいんじゃない?」

「ダメです」

「どぉして?」

「……俺が止まる自信がありません」

「それ毅然と言うこと?」
4477.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:16:10 ID:OWT()

 沙理奈は肩を落とした。本当に、ちょろくない面倒くさい男だ。期待半分半分駄目元だったが、天秤は後ろ側に傾いたらしい。

「アタシがアイドルじゃなかったら楽なんだけどね〜」

「……その仮定は不毛でしょう」

 沙理奈がアイドルじゃなければ。
 そもそも彼と彼女とは出会っていない。そんなもしもは考えても意味がなかった。

「引退するまではガマン、かぁ」

 沙理奈はベッドに腰を下ろした。

「早く引退できるといいわね?」

 冗談交じりにそう言うと、「いいわけないでしょうが!」と生真面目な訂正が返ってきた。





おしまい。
4577.oQo7m9oqt :2017/09/17(日)16:17:22 ID:OWT()
恋愛ものってこういうのでいいんですかね……わからないぞ。

ご覧いただき、ありがとうございました。
47名無しさん@おーぷん :2017/09/17(日)23:22:40 ID:kmH
こういうSSが読みたかった
ちょっとここのキッズ達には難しかったかな?

48名無しさん@おーぷん :2017/09/18(月)02:19:29 ID:2z4
何故感想に余計な一文を付けるのか

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