- -pv
スレッドの閲覧状況:
現在、- がスレを見ています。
これまでに合計 - 表示されました。
※PC・スマホの表示回数をカウントしてます。
※24時間表示がないスレのPVはリセットされます。
このスレは1件 まとめられてるよ! まとめ表示

【モバマス】P「在り処をさがして」

177.oQo7m9oqt:2017/09/05(火)22:34:06 ID:mMs()
独自設定あり。
よろしくお願いいたします。
3377.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:47:36 ID:mMs()

 席に戻り、バカ息子が室内から出て行くのを待って、それから思い切りデスクの脚を蹴り飛ばした。

「……んのクソが!!」

 周囲の視線が集まるが、みんな心中察すると言いたそうな苦笑顔だ。

「ネタはフレッシュな内にだと!? どんだけクソだあの野郎!! 期待なんざかけんな迷惑なんだよ! つか、仕事が遅いだあ!? 誰が誰に言ってんだボケ!!」

 ガン、ガン、ガン、と立て続けに鈍い音を鳴らすデスクには悪いことをしている意識がある。申し訳ないが、もうしばらくだけ楽器になっててくれ。
3477.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:47:53 ID:mMs()

「ああ、クソ……」

「荒れてんなぁ。荒れるわなぁ。まあこれでも飲んで落ち着け」

 温かい緑茶が注がれた湯のみが、隣の席から差し出された。

「ああ。……悪い」

 取って一口。
 手のひらと喉を通って広がる柔らかな温熱が、荒ぶる気持ちを少しずつ鎮めていってくれた。

「……腹立つ」

 鎮まって、落ち着くことができたとしても、この感情はなかったことにならない。腹が立つ。あのバカにも。言い返さない自分にも。

「ボチボチ付き合ってくしかねーからなぁ、オレらは。割り切っていこうぜ。事故だ事故」

 同期の彼は俺よりも達観しているらしい。経理の仕事は俺たち現場のプロデューサーよりも内々の仕事が多い。慣れたのかもしれない。そうだとしたって、アレらと一緒に仕事をしなければならないのは、あまりにも気の毒だ。

「……騒いですまん」

「いいよ。気持ちわかるし。みんな」

 見渡すまでもなく、フロアにいた社員たちはみんな頷いたんだろうと予想できた。

 腐っているのが上の方だけだというのがここの唯一の救いであり、同時に、上が腐っているというのがどうしようもなく救えないところでもある。

3577.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:48:08 ID:mMs()

「でもよ。実際どうすんだ? 白菊ちゃんのこと」

 彼はつとめて冷静に言った。事務的な問いからはシンプルな疑問の意味だけが取れる。素直に応えた。

「そろそろ営業かけるつもりではいる。まだちょっとだけぎこちないけど、笑顔もできるようになってきたし」

 あの日以来。進展の兆しはしっかりと見えた。そこはトレーナーさんもお墨を付けてくれている。

「そうか。そりゃいい話だ」

 気持ちよく口角を上げて彼は笑った。

「うまくいくといいな」

 なんの助言もなければ、なんの生産性もないただの応援。それだけでも頑張っている身としては十分に嬉しい。
 そんなことにも理解が届かず、手前勝手な指示とイチャモンと期待を押し付けるやつが上司だなんて。せめてあの男たちが一般人の半分でも他人を思いやれる人間だったなら。そう思って仕方ない。
3677.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:48:24 ID:mMs()



 生来の無精者で、もともと複雑なことを考えるのはあまり好きなタチではない。仕事だからとアイドルに合う仕事を必死こいて考えてきたが、進んでそれをしたいとは思わない。

「──なあ、白菊。お前、どんな仕事がしたい?」

 だから、こうやって直接何を合わせたいか尋ねることは以前から珍しくなかった。
 ただ、この手が通用するのは分かりやすく主張のはっきりした子だけだったらしくて。

「どんな……と、言われても……」

 白菊は困ったように首をかしげた。

「特に希望はないか?」

「そうですね……させてもらえるなら、それはなんでも嬉しいですし……」
3777.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:48:42 ID:mMs()

 仕事にえり好みをしないのは素晴らしい美徳だ。だが、今回は何かリクエストが欲しかったところ。
 それと、

「お前そのセリフ禁止」

「えっ……」

 彼女の言いようが不用意だった。こんな箝口令をしかなければならないことがそもそも情けないが、この事務所には致命的なバカがいる。『させてもらえるなら、なんでも嬉しい』は言って欲しくない。

「……すみません」

 バカに隙を与えて欲しくない。それだけで他意はなかったけれど、どう受け取るかは彼女次第。
 弱い声が聞こえてからやっと、しまった、と思った。語気が強かったか。小さくすぼめてしまった肩を見てほぞを噛んだが、もう遅い。

「ああいや、すまん。……なんだ、ぼんやりでもいいから教えてくれないか。こういうのはイヤ、でもいい」

 身内に気を付けろ、なんてみっともないことは言いたくなくて、そう取り繕った。
3877.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:49:07 ID:mMs()

 影のちらつく顔のままではあったが、素直な彼女は俺の質問に答えるべく頭をひねって考え込んだ。

 デスクの上の二つの湯のみから湯気が上がっている。隣席の彼は本当にマメで、よく気のつく男だった。今、俺と向かい合っている白菊が座るパイプ椅子も、彼がどこからか持ってきたものである。

 彼女が悩んでいる間に、書類を突っ込んでいる机上の置棚から青いファイルを抜き取った。担当するにあたって資料として初めに受け取ったそれをパラパラとめくる。

 『雑誌グラビア、機材不調のため撮影が大幅に延長』、これがたぶん俺が初めてこの子を見たときの。似たり寄ったりのハプニングは散見された。他にも、ライブは共演者の体調不良や悪天候で軒並み中止になっていたり、イベントガールを務める予定のイベントが自治体の都合で消えたり。

 いったいどんな星の下に生まれたら。そんなことを考えてしまう。彼女依存の理由によるアクシデントが一切ないのがことさらにその不幸さを際立たせていた。

 紛れも無い同情が胸に押し寄せる。その一方で、疑問も同じ場所に湧いて出た。
3977.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:49:25 ID:mMs()

 ──ここまでの受難と、それに伴う謂れのない陰口に晒されながら、それでもなお、諦めることなくトップアイドルを志す。

 なんなら弱気がちですらあるこの子の、その根っこの強さはいったいなんなんだ──?

「……なあ」

 声をかけると、端正な顔を難しくしたままパッとこっちを向いた。
 考えたって、雑で無精で適当な俺に分かるとも思えない。

「白菊は、なんでアイドルになろうと思ったんだ?」

 分からないなら聞いた方が手っ取り早い。今までそうやって生きてきたから、口をついて質問が出た。尋ねてから思った。

「……あ、悪い。質問してばっかだな、俺。まださっきの返事も聞いてないってのに」

 自らを嘲ったように軽く笑うと、向こうの表情も少し柔らかくなった。その顔のままもう少しだけ思案して、彼女は口を開いた。
4077.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:49:45 ID:mMs()

「……憧れなんです」

 それは二つ目の問いへの答えだった。

「……憧れ」

「はい。……私、子どもの頃から、ずっと運が悪くて。買ったものが不良品だったり、乗る電車は遅れたり……鳥のフンに降られたりとか。そんなのはしょっちゅうでした」

 今も子どもじゃねえか、なんて野暮な茶々を入れるのは思い留まった。そんな雰囲気じゃない。

「不幸だ、不幸だ、って。……周りに言われることも多かったです。それで、よく思ってました」

 ──『幸せって、なんなんだろう?』って。

 年端もいかない少女には似つかわしくない。そう思えてならない抽象的な疑問はしかし、彼女にとっては解くべき最優先課題だったのかもしれない。

 その疑問に解答を下せる人は、きっと多くはいないだろう。世間一般では立派な大人に見える俺だって、それが何かを明確に説明することはできない。
 漠然としていて、実体はない。目には映らない。どこにあるのかもわからない。
4177.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:50:30 ID:mMs()

 けれど、幼い彼女はその答えを見つけた。

「……そんなときに、これが『幸せな姿』に違いないって……確信できるものを見たんです」

 輝く舞台の上で、歌い踊って、笑顔にはほんの少しの曇りも濁りもなくて。──そんな姿。

 それがアイドルだった。それは、憧れの対象として不幸な少女の心の中に確かな居場所を作った。

 幸せになりたい。素朴で、どこまでも純粋に、少女はそう願ったんだ。まだ世の道理だって解しきれてはいないだろうに。こんな小さな女の子が。

 どれだけの不運が襲いこようとトップアイドルを目指して諦めないのは、そこが幸せの頂点だと信じているから。どれだけ辛く苦しくても、忌避されているとわかっていても、だから彼女は止まれない。

 息を呑んだ。

 彼女の今までを思って、たまらなくなった。
 これからを思って、泣きそうになった。

 そんな少女が今いる場所が、どうしてこんな。そこまで不運を重ねなくたっていいじゃないか。
 もっといいところに導いてやってくれたっていいじゃないか。
4277.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:51:20 ID:mMs()

「……あの、プロデューサーさん……?」

 ハッとして、目元を乱暴に手の甲でなぞった。幸いそこに湿り気はない。

「悪い。なんでもない」

 仕切り直すために小さく咳払いをした。

「……すみません、長々と」

「なんで謝るんだ。長くもねぇし、俺が聞いたことだろ」

 今日までにどれだけ理由のない謝罪をしてきたのか。それを考えるだけで胃が削られるように痛む。

 正視できなくて、デスクの上のファイルに目を向けた。それを見てどう勘違いしたのか、彼女はまたすみませんと謝った。
4377.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:51:36 ID:mMs()

「どんな仕事がしたいか……でしたよね。考えたんですけど……」

「思いつかないか?」

 俯きがちな顔が、さらに一段深く沈んだ。

「そうか」

「すみません……」

「いいさ。それじゃあ白菊」

 ファイルの中、見過ごしたくない事実に気付いていた。輝く舞台の上に憧れたのに、そうしてアイドルにはなれているのに。

「──ライブに出てみないか?」

 彼女はまだ、その上に立っていないのだ。
4477.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:51:54 ID:mMs()



 なんて格好つけてみたが、俺にそんなご大層な舞台を用意することはできない。彼女の方も、まだそこに立てるだけのステータスは持っていない。贔屓目ありに見たとしてもだ。

 どこかショッピングモールあたりでスペースを借りるか、小さなライブハウスを予約するか、もしくはどこかの合同ライブの枠をもらってねじ込むか。
 どれがいいかとアレコレ調べているときに、折よい着信があった。発信者は別事務所でプロデューサーを務めている男。

「もしもし?」

『あ、どうも。こんにちは、今お時間いいですか?』

「いいですけど」

『ありがとうございます。最近またあなたが新人をプロデュースしてるって聞いて、ちょっとお話したいなって』

「誰から聞いたんですか……まだデビューもさせてないのに、耳ざといな相変わらず。なんのお話で?」

『そりゃもちろんビジネスですよ』
4577.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:52:11 ID:mMs()

 それなりに気安い仲だった。歳は向こうが五つ下。そこそこ業界に慣れ始めた俺が、ガチガチになっていた新人当時の彼と仕事で一緒になったのが馴れ初めだ。以降付き合いは続いている。

 言ってみれば商売敵だが、そう表現するには俺と彼の土俵は高さが違い過ぎた。主戦場もマーケットもグレードが違う。確執もなく交流が続いているのはそれが故だ。

 彼の持ってきた話は、彼のいる事務所が主催する合同ライブに参加してみないかという話だった。向こうの新人をデビューさせるため、というのが主軸の目的らしいが、枠がいくつか空いているからと教えてくれたらしい。

『まあ、もちろんよかったら、ですけどね。レッスンの進捗とか、日取りの都合とかもあるでしょうし』

「いつなんです?」

 伝えられた日付の予定は真っ白だった。

『どうですかね。なんなら保留でもしばらくは大丈夫ですけど』

「いや、ぜひお願いします」
4677.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:52:31 ID:mMs()

 断る理由はどこにもなかった。
 別事務所の年下後輩エリートが用意した仕事に乗っかるなんてプライドはないのか、と思われるかもしれないが、そんな些事はどうでもよろしい。

 ほんのわずかぐらいなら嫉妬しないでもないが、そんなチンケなプライドはいらない。
 向こうの主催なら、規模は小さくてもスタッフも機材も優良に違いない。彼女の初仕事という面で、それらより大事なことなどあるわけがない。俺のしょっぱい自尊心などチリクズにも劣るのだ。

 ライブが決まったと伝えると、白菊は珍しくちょっと大きな声が出るくらい驚いた。

「ええっ……!? も、もう決まったんですか……!?」

「ほう。さすが、一番のやり手なだけありますねぇ」

「からかわんでください、トレーナーさん。あんたはウチの事情知ってるでしょ」

 俺みたいなのがそれなりの立場を持ってるのは、上の年代が順番に辞めていったからに過ぎない。歳を重ねるにつれて、ポンコツな舵取りに嫌気がさしていくのだろう。俺もいつかはそうなるのかもしれない。
4777.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:52:50 ID:mMs()

「──なにはともあれ、頑張ろうな、白菊。初めての舞台、絶対成功させよう」

 てっきり、ここは『はい!』と元気な返事が来ると思っていた。しかし期待からは逸れて、

「…………はい」

 と、思い詰めたような顔と声で彼女は応えた。

「……白菊?」

 何か不安でもあるのか。視線を送ったトレーナーさんも、彼女の反応に怪訝な表情を向けていた。レッスンも順調なんだろう。ならばなぜ。

 すぐに思い当たった。考えるまでもないじゃないか。そうだ、不安に決まってる。

「大丈夫だぞ、心配しなくて」

「……え?」

「運営がしっかりしてるから、機材の不調なんてそうそう起こらん。仮に起こってもちゃんと対処してくれる。人数はそこそこの規模の合同だ、共演者の一人や二人が倒れても敢行される。時期も冬だから台風なんて絶対来ねぇし、都内だから大雪の心配もそんなにないだろ」

 運営スタッフも優秀に決まってる。きっと、誰もお前を傷つけはしない。
4877.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:53:09 ID:mMs()

「ほか、なんか不安なことあるか? ……あるんなら言え、全部ここでぶった切ってやるから」

 白黒させていた目を一度大きく見張って、それから俯いてふるふるとかぶりを振った。

「よし。……んじゃトレーナーさん、レッスン、ビシバシやっちまってください。最高のパフォーマンスができるように」

「ええ。承りました」

 レッスンルームの壁に掛かっている丸時計が目に入った。このあとは打ち合わせがある。

「さて、じゃあ俺はそろそろ仕事に戻るから。
 ……頑張ろうな、白菊」

 さっきと同じ意思確認。

「……はい!」

 今度は満足して頷くことができた。
4977.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:53:25 ID:mMs()



 相変わらず事務所に行くのは嫌だし、仕事だって別に好きなわけじゃない。それでもやっぱり、自分たちが上手くいっていれば相応に機嫌も気分も良くなる。要は俺は現金なのだ。

 ──呼び出しがかかれば、すぐさま反転して不機嫌になるぐらいには。

「……楽しそうにパソコン打ってるとこわりぃ」

「ん? ……なんだよ」

 心底気まずそうに声を掛けてきた隣席の彼。その表情であらかたの要件は察したが、祈りを込めて聞き返した。届かなかった。

「部長が、お前を呼んでくれって。社長室で待ってるってよ」

 椅子の背もたれに全力でもたれかかって、特大級のため息を吐いた。

「……わかった。行ってくるわ」

「達者でな」

「縁起でもねぇことを」
5077.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:53:42 ID:mMs()

 もうクーラーも必要ない時期に入って久しいというのに、社長室の空気は相変わらず不愉快なほど冷たく、下劣なほどに甘いニオイがした。

「ああ、来たか」

 と芝居染みた声が二方向から飛んで来た。予想はしていたが、今日は二人がかりらしい。何も考えないように徹した。こいつらに何かを思うこと自体無駄なんだから。──わかってるのに。

「ホントにさ。早く売り出そうよ。あの子が今どれだけのチャンスか、君わかってる? 不幸な女の子、って謳い文句、めちゃくちゃ食いつき良いのわかるよね?」

 俯きがちに立った。耳を貸すな。床のシミでも数えていればそのうちに終わる。
 出るわ出るわ、陰湿非道な無意識無自覚無遠慮な言葉の暴力。
 俺と白菊の頑張りを踏みにじり、パーソナリティを貶め、人格を攻撃し、挙句給料泥棒だとまで言い放って、最後のトドメに、

「君たちのためを思って言ってるんだから」

 人のためにと出る言葉がそれなんだったら、お前らはもう誰かを想うのは一生やめておいたほうがいい。
5177.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:53:57 ID:mMs()

「……早くしないとさ、ほんとにあの子の価値が、」

「お言葉ですけど」

 話が三度目のループに入ったところで食い止めた。噛み付いた。限界だった。

「白菊の資質は大したモンです。それでいて今もずっと真面目に頑張ってる。そんな不名誉なアクセサリーに頼らなくたって、白菊は自分の力で立って歩けます。ちゃんと立派なアイドルになれますよ。
 ──もうデビューの算段もつけてます。報告書は逐次提出してますから、その辺りも把握してるはずですよね?」

 おしゃべりな口は二つ揃って噤まれた。どうせ見てもいないんだろう。そんなものをイチイチ健気に書いている俺たちのなんと哀れなことか。

「……お話は終わったようなので、失礼します」
5277.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:54:15 ID:mMs()

 慣れたと思っていた。

 おぞましいヒトガタのなにかの住処から出て、崩れるように壁に身体を預けた。

 慣れたなんて、そんなことはなかった。腕時計に目を落とすと、社長室に入ってから三十分しか経っていなかった。健康な成人男性の精神をたったの半時間でここまで摩耗させられるなんて、これも一つの才能なんじゃないか。

 内心の冗談をすぐに訂正して、ふらつきそうな足で前に踏み出した。

 こんなものが、才能であってたまるか。
5377.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:54:30 ID:mMs()



「……大丈夫ですか?」

 一日経っても受けたダメージは完璧にはリカバリーしなかったらしい。翌日、顔を合わせて早々に心配された。まだ子どもの白菊に察されるほどか。

「別に大丈夫だ。ていうかなんの心配だよ?」

 それに微妙な意地を呼び覚まされて、いじましくすっとぼけた。

「すみません。……あの、疲れてるみたいだな、って思って」

「……ああ」

 無駄に思い出してしまい、一瞬顔をしかめた。すぐにいつも通りのものに戻して平静を装った。

「なんでもない。ちょっと昨日、いろいろあってよ。まあ心配することじゃねぇから」

「……そうなんですか?」

「ああ。お前は自分のデビューでトチらねぇようにってことだけ心配してろ。──今日もレッスンだろ? ほらほら、行ってこい」
5477.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:54:59 ID:mMs()

 乱暴に送り出してから、デスクの上に伏せった。耳にこびりついた不愉快な声はそうそう簡単には取れてくれない。気を抜けばリフレインするような。

「……お疲れだな」

 上から声が降ってきた。安心できる仲間の声。その体勢のまま応えた。

「お疲れだよ。たまんねぇわ」

「吐き出して楽んなるなら聞くぞ?」

「言いたくもねぇからいい」

「重症だな……」

 ギッ、と椅子が軋む音がした。気配でも座ったことがわかる。

「ボチボチやってくしかねーけど、だからって平気になるわけじゃねーもんな。無視すりゃいいって理屈でわかってても、感情は理屈じゃ動かねーし」

「……ほんとにな」
5577.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:55:16 ID:mMs()

「あーあ、専務サマはここにゃ出てこねぇことだし、せめてどっちかでもいなくなってくれりゃなあ」

「当分くたばりそうもねぇよアレ」

「憎まれっ子世に憚りってな。上手く言ったもんだわ。しかしまあ、もしそうなったら通夜とか呼ばれるんだよなぁ。めっちゃ嫌じゃね?」

「超嫌だな」

「オレ成人式のとき悪ノリで買った白スーツ着ていくわ。中は黒のワイシャツにして。『モノクロならいいんだろが!』っつって」

「最高だな」

「お前どうするよ?」

「俺?」

 そんなこと、聞かれるまでもない。

「呼ばれたって行かねぇよ」

 ヒッデェ、と彼は笑った。
 いなくなってくれたら。その仮定で、すぐに亡くなることを考えた俺だ。そりゃ非道なんだろう。
5677.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:55:33 ID:mMs()

 この日は溜まったデスクワークを処理する予定だった。そこそこの量があったから、定時に帰りたければ一日デスクに噛り付いておく必要があった。

 頼むから、今日の呼び出しは勘弁してくれ。
 そう神様に祈った。仕事の邪魔をしてほしくない。それもある。そしてなにより、昨日の今日でもう一度アレを喰うのはキツイ。

 祈りは果たして聞き届けられた。
 呼び出しはなかった。

「──チーフくん。ちょっとお話。いいだろ?」

 その代わりに、悪意が向こうから直接やってきた。
5777.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:55:52 ID:mMs()



 昼食どきだった。そろそろ休憩でも取ろうかと腰をあげる人が出てくるタイミング。
 事務机の並ぶフロアへの扉が開けられた時点で、その周辺が少しざわついた。その時点では何も気に留めなかったが、徐々に確実に大きくなるざわめきに異常を感じた。

 顔を上げて様子を伺って、小さな舌打ちが思わず出た。
 部長がこちらへ歩いてきている。クソ、今日も何か言われんのか、と覚悟を決めかけたあたりで、はっきりとその異常を知覚した。

 後ろに引き連れてるのはいったいなんだ。
 肉付きのいい腹を見せびらかすように歩く部長の後ろに、付いて歩く四人の男。

 ボイスレコーダー。ハンディカメラ。首から下がった社内立ち入り許可証。
 ざっと装備を眺めただけで嫌な予感が溢れるほどに全身を走った。続いて目に入った腕章。これ見よがしに雑誌社名を刺繍してある。誰やらが誰それと寝ただのなんだのと、一山いくらの下衆なゴシップネタばかりを扱うくだらないところだ。

 その目に部長のものと同じような暗い光が見えて、特大の警鐘が脳内で鳴った。
5877.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:56:14 ID:mMs()

「チーフくん。ちょっとお話。いいだろ?」

 話なんて聞く必要がなかった。コイツは。

 俺が思い通りにしないから、直接自分で白菊を売ろうとしている。──こんな下卑た記事しか書かないようなやつらに!

「なんです」

 鋭く放った言葉に、部長は一瞬体を引いた。それから、気付かなかったかのようにまた同じ体勢に。

「……ん。いや、読ませてもらったんだ、報告書。それでさ、忙しいんだなってことは伝わったから」

 誇らしげに引き連れた後ろをちらりと見やり、またこちらに視線を戻して口角を上げた。

「おれがプロデュース手伝ってあげようと思ってさ」

 ふざけるな。叫びそうになって、すんでのところで思い留まった。ガセネタだってわかっていても、寄って集れば騒ぎ立ててしまうのが大衆心理だ。記者の前で軽率なことはできない。記者がいなければできただろうか? わからない。
5977.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:56:35 ID:mMs()

「聞いてませんよ」

「そういう売り出し方をしようってことは、以前から言ってたじゃないか。今更何を言ってるんだ?」

「そんなことはしなくていいと、昨日伝えたはずでしょう!」

「大きな声出すなよ。手伝ってやろうってだけじゃないか」

 ぐらり視界が揺れた。話が通じない。なんだこれは、本当に俺と同じ生き物なのか?

「…………で、あの子は?」

 きょろきょろと辺りを見回すそぶりをした。

「今日は午前がレッスンだったよな。レッスン終わりにこっち顔出して、成果の話とかしてるんだろ?」

「……まだ帰ってきてません」

「そうか。じゃあ待ってよう。すみませんね記者さんたち、ちょっとだけ待っててください……ああ、そうだ。こちらの彼がプロデューサーだから、まずはここと話してもらってもいいね」
6077.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:57:45 ID:mMs()

 報告書を読め、だなんて皮肉を言った昨日を悔いた。俺たちの事情なんて、普段のコイツなら把握しているはずもないのに。最悪だ。時計の針は十二時を報せてからさらに進んでいる。白菊はもういつ帰ってきてもおかしくない。

「えーっと、んじゃプロデューサーさん? お話聞いていっすか?」

 軽薄そうな作り笑顔をべったりと顔面に貼り付けて、一番前にいた男が言った。
 喋り方でおサトが知れるというものだが、こんなところとしか取り引きのできないこっちも大概お察しだ。
6177.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:58:07 ID:mMs()

 こんなやつらと鉢合わさせてたまるか。こんなやつらに、白菊の邪魔をさせてたまるか。

 必死の形相で走らせた視線が、隣席の彼とぶつかった。

 ──頼む。

 ────仕方ないな。

 口は一切動かしていないのに、理解してもらえた感覚があった。彼は音もなく立ち上がり、意識の隙間を縫うようにスルリとその場から出て行った。

「……ねぇちょっと? 聞いてます?」

 聞いてねぇよ黙れ。記者に対して湧いた言葉は噛み殺して細い息を吐き、お行儀よい業務用の仮面を作って外れないように嵌めた。

「……茶も入れずに、立ち話もなんでしょう。準備しますから、少しお待ちを」
6277.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:58:41 ID:mMs()



 そこからは、まさしく針のむしろに座っているかのような思いだった。悪意剥き出しの質問を丁寧にかわしながら、白菊たちを思った。

 彼は上手くやってくれただろうか。もしもすれ違っていたら。そもそも彼に意図が通じていなかったら。もしも今、ひょっこりとそこの扉から白菊が入ってきたら。

 昨日の三十分の二倍以上に長く感じた一時間ののち、デスクの上に置きっぱなしにしていた俺の携帯電話が鳴った。すぐに拾って画面を確認した。

 表示は白菊からだった。声が漏れないように音量を最低限まで絞ってから、応答ボタンを押して耳に押し付けた。

「もしもし?」

『あ……もしもし、プロデューサーさんですか?』

「ああ。どうした?」

『ええと……その、レッスンは無事に済んだんですけど……ちょっと、体調が悪くなってしまって。あの、このまま帰ってもいいですか?』

 疑問符に満ち満ちた声だった。なぜこんなことを言わなければならないのか、と訴えているような。

「ああ、わかった。気を付けてな」

『はい……? あの、お疲れ様でした……』

「お疲れ様。お大事にな」

 言って電話を切って、安堵の息を深々と吐いた。
6377.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:59:29 ID:mMs()

「……白菊が、ちょっと体調を崩してしまったそうです。今日は直帰させてくれという電話でした」

「ええ?」

 記者たちがざわめいた。踏ん反り返って事務椅子に座っていた部長が慌てて立ち上がる。

「おいおい待て待て、そんな話があるか。レッスンは受けたんだろ? 多少体調が悪かろうが、話くらいできるだろう」

「声は消え入りそうでした。勘弁してやってください」

「ちょっとぐらい我慢させろ!」

「義務教育も抜けてない体調不良の女の子に、そんな無理をさせろと?」

 部長から目を切った。送った視線の先は記者だ。どの程度部長の手がかかってるのか知らないが、あんたらはどんなネタでも食いついてたはずだ。
 『子どもに無理な労働を強いる芸能事務所の社長息子』ってエサは美味くないか?

 意図した通り、記者たちの好奇の目は部長に向けられた。さすがにそれに気付かない程愚鈍ではなかったらしく、部長は「……仕方ないな」と首を振って、記者連中にお引き取り願った。
6477.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)22:59:51 ID:mMs()

 ──よかった。本当に。
 あんなやつらに根掘り葉掘りと傷跡を抉られれば、大人だって叫びたくなるぐらい痛いはずだ。そんなことを白菊が経験しなくて済んで本当によかった。
 彼には、今度何かお礼を考えなければならない。

 安心した。心から。そうして凪いだ胸の中に、今度はふつふつと怒りが戻ってきた。

 人の気持ちも考えず、ただただ利己的に周りを振り回し、それが正しいと信じ切っている。

 あのクソ野郎は、いったいどれだけ人を馬鹿にすれば気が済む。

「……やれやれ、まったく……」

 自ら呼んだ記者を見送っていた部長が、室内に戻ってきた。その顔には被害者ぶった色がありありと見て取れる。

「たまらん話だよ。なんでこんなときに限って体調なんて崩すんだ。信じられん」

 黙れ。どうしてお前がそんな顔をできるんだ。

「まったく、せっかくおれがチャンスを用意してやったのに。無駄にしちゃうなんて、ほんとに不幸な子なんだな?」

 黙れ。誰がそんなことをしろと頼んだ。

「ああ、そうだわかった。不幸だ不運だって、さては日頃の行いが悪いんじゃないか?」

 頭の中でなにかがブチ切れる音がして、目の奥はスパークを起こした。
6577.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:00:23 ID:mMs()

「────黙れ!!」

 お前がいったい、白菊の何を知ってるって。

 弾けたように詰め寄って、勢いそのまま胸ぐらを捻じ上げた。

「カ……ッ!?」

 目の前の口から汚い息が漏れた。ポカンとしたバカ面は、状況を理解し始めてみるみる変わる。恐怖に歪んだ顔は見ていられないほどに醜い。
 それでもなお、目の奥は疑問を訴えていた。なぜお前は怒ってる、とでも言いたげに。

 こんな男が。こんな男を。こんな男に。

「……!? おいバカ、誰か止めろ!!」

 走って戻って来たらしい友人の姿が、視界の端に一瞬映った。

 ──止まらなかった。止められなかった。

 振り上げて振り抜いた右拳に、今までに経験がないぐらいの衝撃が走った。

 赤い飛沫と甲高い絶叫が飛ぶのは同時だった。
6677.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:00:53 ID:mMs()



「──クビだ。帰ってくれ」

 言われるまでもなくわかっていた。

 必要最低限の私物だけをカバンに詰めて、すっかり馴染み深くなってしまったデスクに別れを告げた。

 オフィスの入り口まで出ると、玄関口の柱にもたれかかりながら、彼が呆れたような顔で待ち構えていた。

「……バカが」

 短く言われた言葉が、何より染みた。

「……すまん」

 それしか返せなかった。頭には、なんの語彙も浮かばなくて。

「……ちゃんとやらなきゃいけねーことはやれ。クビになったって、できることはあんだろ」

 すれ違いざまに彼が呟いた言葉に、深く頷いた。

「オレにできることは、やっといてやる。お前のデスク勝手に使うからな」

「……恩にきる。本当に」

「世話ばっか焼かせやがるやつだよ、お前は」
6777.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:01:10 ID:mMs()

 冷たい風が頬を撫ぜた。涼しいとはもう思えなくて、肌が粟立ちそうなそれは冬の予兆に充分なほど。切れて肉が剥き出しの右手の甲がじくじくと痛んだ。

 反省か、後悔か。体のド真ん中で渦巻く気持ち。一方で、達成感や解放感も、確かにそこで回っていて。
 自分の今の感情に自信が持てなかった。

 今まで我慢してきたのに。なんで。白菊はどうなる。ざまァみろクソ野郎。あとのことはどうなる。いい気味だ。俺はこのあと。ライブはいったい。

 ────畜生。
6877.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:01:33 ID:mMs()

 雑踏の中、着信音が聞こえた気がした。

 携帯を確認した。メッセージが一件。発信元は白菊だった。

 『何かあったんですか? あの電話は、何か意味があるんですか?』

 続けざまにもう一件が届いた。

 『私にできることがあれば、言ってください。お力になれるかは分かりませんけど』

 痛い。
 ただひたすらに、そのメッセージが痛かった。

 問いには答えずに、ただ『ごめん』とだけを打って返信した。
6977.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:01:52 ID:mMs()


 「────あああクソっ!!!!」

 俺はいったい、なにやってんだ。
 俺の感情なんざ知るか。

 吹っ切るために大声を上げた。そのせいで周りを歩く人たちが一様に驚いたようにこちらを見て、それからそそくさと距離を取る。

 そんなことも、今はどうでもいい。

 しんみりしてる場合か。違う。言われただろ。言われなくたって、わかってただろ。

 やらなきゃいけないことはやれ。
 繋がりは自分で絶ってしまった。それでもまだ、俺の中のあの子のためになりたいという思いは途絶えていない。

 できることは、まだあるんだから。
 立場は自分で捨ててしまった。それでもまだ、俺にはできることがある。ただ動くことにご大層な立場なんていらない。
7077.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:02:15 ID:mMs()

 タクシーを拾った。乗り込んで短く行き先を告げる。

 携帯の中の電話帳を探って、ついこないだ電話したばかりの男へと電話をかけた。さすが仕事中は繋がりやすくしているらしい、コールはきっかり三つで途切れた。

『はい、もしもし?』

「俺です。……ちょっと直接話したいんですけど。時間もらえませんか」

『急ですね? まあ作れますけど、ライブの話ですか?』

「それも一つ」

『他にもあるんですか。いい話ですか?』

「悪くはないと、俺は思ってます。突飛な話ですみませんが。──シンデレラ・プロダクションさん。一人アイドルを増やしてみる気はありませんか」

『……へ?』
7177.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:02:35 ID:mMs()



 頼み込んだ。その冬の合同ライブは、何があっても、たとえ参加者の事務所が参加を取り消そうとしても、絶対に予定通りに執り行ってくれるようにと。
 そして、一人の将来有望なアイドルを、引き取ってくれないかと。

 菊花も蛍も、腐り切った土壌じゃ生きられない。
 咲かない。輝けない。

 どうか救ってやってほしい。
 オッサンの頭一つにどれほどの価値が認められるのかはわからない。けれど、ともに酒を飲めるぐらいには親しい人を動かすだけの効果はあったらしかった。


 風の噂に、十二月十日の新人合同ライブフェスは大盛況のうちに幕を下ろしたと聞いた。途中、不幸にも一人のアイドルの出番で照明が一時落ちたらしいが、それも演出のうちだと観客は思ったそうな。
7277.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:03:07 ID:mMs()



『────へぇ、なるほど。ちゃんとやるこたやったんだな。アレも、やっぱお前の差し金だったってわけだ。まあそりゃそうか、普通他の事務所に所属してる子をスカウトなんざしねーわな』

「ああ。最初から結構乗り気でいてくれた。さすが器も規模もデカイわあそこ。でも、そのタイミングは向こう任せになっちまったから……ちょっと辛い目には遭わせたんかな」

『あー……いや、まあ多少な。そりゃオレにもできないことはあるし。仕方ないだろ?』

「責めてるわけじゃねぇよ。責められるかよお前を」

『恩人だからな、どう考えても』

「感謝してる。……そういや、俺訴えられんだろうなって思ってたんだけど。案外あのあとなんにもねぇし、なんかあったのか?」

『ああ。そりゃ単純に社長が表沙汰にすんの嫌がったんだよ。まあどんなアホが考えたって汚名にしかならんことはわかるからな。しこたま頚椎痛めた部長は訴訟訴訟って駄々こねてたけど、黙殺』

「そっか。そりゃ助かったわ。お前がなんかしてくれたわけじゃないんだな、恩一個増えずに済んだ」

『あっ、しくった。捏造し放題なのに。恩は売っとくべきなのに』
7377.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:04:06 ID:mMs()

「……いやまあ、一個増えようがなかろうが、でっかい借りがあんのは変わんねぇし。別に頼みならなんでも聞くけど」

『……なんだいきなり。気持ち悪ィ』

「いや、ちょっと聞いたんだけどさ。──倒産、すんだって?」

『ああ、そのことか。するぜ。もう秒読み。まあお前の一件があったあと、プロデューサー組が後追って結構辞めてったし、そもそもそれなりの先見の明がある奴はウチなんて見切るしな。

 人材の流出は止まらんし、それに伴ってアイドルも辞めてくし。新人雇っても上がアレだからロクに研修もつけられん。ズルズル傾いて止めようもない』

「……お前は大丈夫なのか?」

『いらん心配だな。潰れるとはいえ一つの会社の経理一人で回してたんだ、再就職先なんて困んねーよ。有能なんだぜオレは意外と』

「イヤミなやつ。そりゃ知ってるけど。……そういや、お前はなんで残ってるんだよ? 先だって読めてたんじゃないのか?」

『ああ、そりゃまあな。理由なんて単純だよ。
 ──あのバカ親子が完璧に崩壊するとこを見届けたかったからだ。さんざっぱら迷惑かけられて、友達に嫌な思いさせたクソッタレどもが、どんだけ無様に散るかってな。性格悪いとかわざわざ言うなよ、知ってるから』

「……言わねぇよ。イイ性格してんな、おい」

『褒めてねーのはわかる。……っと、悪い。そろそろ切るぞ』

「ああ。ありがとな」

『ん』
7477.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:04:35 ID:mMs()



 冬は瞬く間に過ぎて、また桜が咲いては散りゆく季節になった。朗らかな光が木々の枝葉の間を縫って差し込んでくる。

 商店街の電気屋の軒先に、明るい光を灯すモニターがあった。目を奪われて、足を止めた。
 黒髪をボブカットにした少女が、向こう側で歌っている。踊っている。──輝く舞台の上で。

「……ちゃんと笑えてんな。上等だ」

 作業着のポケットに入れていた携帯を取り出し、とある少女とのメッセージ履歴を開いた。
7577.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:04:48 ID:mMs()

 『何かあったんですか? あの電話は、何か意味があるんですか?』

 『私にできることがあれば、言ってください。お力になれるかは分かりませんけど』

 『ごめん』

 それからやや日時が空いて、

 『本当に、ありがとうございました』
7677.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:05:12 ID:mMs()

「……おい新人! なにボサッとしてんだ、置いてくぞ!」

「あ、すみません!」

 新しく上司となった、気が強く口の悪い──部下思いの強面の男に呼ばれ、慌てて携帯をしまって駆け出した。


 会話が成り立っているのかと言われたら、それはきっとなってはいない。

 けれどこのいびつなやり取りは、確かな思い出の証明で、──紛れも無い、俺の宝物だ。
7777.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:05:44 ID:mMs()



 ……軽率な就活をしちまった場合、お前の未来はこんな感じだ。波乱ばっか、反省と後悔ばっかだったけど、良いことも悪いこともないまぜに起こった。
 これをトータルで見てどう思うかはお前次第。

 悪いと思うならちゃんと堅実に生きろ。

 良いと思うなら、そん時は好きにすればいいさ。
 

              草々
7877.oQo7m9oqt :2017/09/05(火)23:07:50 ID:mMs()
終わりです。
倒産する事務所にいたころのほたるを書こうと思い立ち、気がつけばこんなものが出来上がっていました。

ご覧いただいた方、本当にありがとうございました。
79名無しさん@おーぷん :2017/09/05(火)23:12:05 ID:KJu

80名無しさん@おーぷん :2017/09/05(火)23:46:24 ID:bf0

読みやすくて一気に読めた
81名無しさん@おーぷん :2017/09/06(水)00:40:24 ID:eNm
すごい良かった

全編地の文でそこそこ長いけど一気読みしてしまったよ
82名無しさん@おーぷん :2017/09/07(木)12:20:23 ID:R9G


新着レスの表示 | ここまで読んだ

名前: mail:





【モバマス】P「在り処をさがして」
CRITEO